何でも屋ケンジ

NEOによる書き下ろし小説

01 美和子 27歳の買い物 <2014.5.11掲載>

美和子は、恐る恐る焦げ茶色の木の扉を開けた。
中には美和子が生きてきた27年間で、聞いたこともない音色が鳴り響いている。
周りを見回すと、薄暗い店内には、お香やらパワーストーンやら、フィギュアやらがところ狭しと置いてあり、(来る場所、間違えたみたい‥‥‥)と思った美和子は、慌て入った扉に戻ろうと、背を向けると
「いらっしゃ~い」
とのんびりした声が聞こえて来た。
ハッとして振り返った美和子の目に飛び込んで来た男は、身長185以上はありそうな、大柄な、モデルのような男性だった。
美和子が考える間もなく
「ごめんね。今、浄化中なのよ。音でこの部屋の中をキレイにしているの。良かったら、もうすぐ終わるからハーブティーでも一杯どう?」
と男は言い、座り心地の良さそうな椅子を、美和子に勧めた。
「あ‥‥‥はい」
帰るタイミングを失った美和子は、言われるがままに座りながら
「あの‥‥‥こちら何でも屋さんて、聞いたんですけど‥‥‥」
と、しどろもどろしながら口を開いた。
「そうなの。私の名前はケンジ。よろしくね。」
大きな右手を差し出すので、美和子も恐る恐る右手を出すと、その右手はケンジによって手のひらが大きく開かれた。手相をなぞるケンジの顔が、美和子の顔の間近にあった。
(よく見ると‥‥キレイな顔してる‥‥‥この人、ゲイなんだろうか‥‥‥)
ぼんやりと右手をされるがままにしていた美和子に、
「ちょっと~、あなた、今はこう見えて、いずれ恋多き女になるわよ」
とケンジが伝えた。
「恋多き‥‥‥って私‥‥‥」
言いかける美和子に
「あ、ちょっとごめんね」
と立ち上がり、ケンジは部屋の奥に消えて行った。
再び、ゆっくりと店内を見回す美和子に
「その龍の置物、珍しいでしょ?あるお寺のお坊さんにもらったの」
ハッとする美和子の前にハーブティーを2つトレーに乗せたケンジが現れる。
「あなた、私の声にいちいち驚かないでよ~。フフフ‥取って食べたりしないから」
「あ‥‥すみません‥‥‥あの、こちらは何でも屋さんなんですよね?」
「うん、そう。支払いは一括か4回払いね」
ニッと真っ白な歯を見せてケンジが笑った。
「あの‥‥‥本当になんでもしてくれるんですか?」
「もちろん、人殺し以外の事は、大抵するわよ。一括か分割になるかは、あなた次第。あなたが一回で良いって思ったら、もちろん1回で終了。逆に4回位必要と感じたら、こちらから言うし。いずれにせよ、やってみないと分からないけどね」
とウィンクしながらケンジは
「ちょっと冷めちゃうから、まずはハーブティー飲んで!」
とカップを美和子に近づけた。
「あ‥‥‥はい‥‥いただきます」
ハーブティーはオレンジのような、お花のような香りがした。
「おい‥‥しい‥‥」
「でしょう~。今日はケンジオリジナルのハーブティーブレンド。販売もしているからよろしくね。少しは営業もしなくちゃ、タケシに叱られちゃう」
とペロリと舌を出し、美和子に笑いかけた。
今度は一人言をブツブツと呟きながら、椅子に深く腰かけると、まっすぐなまなざしで美和子を見つめた。
ケンジの大きくて深い目で見つめられると、美和子は急に背筋がのびて、恥ずかしい気持ちになりながらも、ケンジを見つめかえした。
きちんと切り揃えられたケンジの髪に、少しだけ天パが入っているようで、耳の上がピンと跳ねている。
凛々しいまゆげの下には深く、優しさに溢れた瞳が宿っていた。
「名前は?」
「佐々木 美和子です」
「今日は何を買いに家に来てくれたのかしら?」
「私‥‥‥人間関係で苦しんでます‥‥‥」
「そんな、勿体ぶった言い方しなくていいわよ」
フッと微笑むと、ケンジはハーブティーを一口すすった。
「あ~おいしい。私って天才!!」
その、はっきりした物言いに、思わず美和子も笑ってしまった。
「美和ちゃん、そういう笑顔の方が断然ステキって気付いているかしら?」
美和子はハァ~とため息をつくと、
「私、不倫しているんです」
「うん。そうみたいね。手相に出ているもん。どうしてそうなったのか、話せる範囲で良いから話してくれる?良い?無理は禁物よ!」
「はい‥‥‥大学を卒業して九州からこちらに出てきて、仕事先の上司だった人が、その‥‥‥」
「まぁ、よくあるパターンよね」
「私、夢で見たんです。その人のこと、ずっと大昔から知っていて‥‥‥今世でやっと出会えたような気がするんです」
「美和ちゃん、カルマって聞いたことある?」
「カルマ?」
「業、みたいなものね。過去で精算出来なかった事を今世で精算するという行いね」
「美和ちゃんと、その上司はお互いにカルマがあって、今世でそれをこのタイミングで精算しよう!と決めて来ているのよね。生まれる前から」
美和子はぼんやりと上司の山川と出会った頃を思い出していた。
いつのまにか不思議な音色は止まっており、代わりに女性ヴォーカルの柔らかい歌声がゆったりと流れていた。
山川は言っていた「どうして俺たちはこんなタイミングで出会ってしまったのだろう?」と。
「美和ちゃんはその上司と、どうなりたいの?」
「それが自分でよく分からなくなってしまって‥‥‥彼と一緒に幸せになりたいけど、それが本当に彼と私にとっての幸せなのか、分からなくなってしまって‥‥‥彼と一緒に幸せになるということは、彼の家族、奥さんやまだ小さい彼の子が、その犠牲になってしまうのかな‥‥‥って。そんな風に幸せになっても良いのかな‥‥‥って」
ポロポロと大きな涙を流しながら、美和子はハーブティーを一口飲んだ。
「美和ちゃん、自分がその中にどっぷり浸かってしまっている時は、自分の立ち位置が分からないものよ。まずは自分が何を求めているのか?をクリアにしないと。今日は何を買いに家に来てくれたと思う?」
「あ、私、何を買いに来たんだろう‥‥‥」
「たぶん、このままじゃいけない、って確認する事。自分を信じて勇気を持って選択することよね?」
「あ、はい。そうだ‥‥そうかも知れない‥」
「今日のお買い上げは、《確認》と《自分を信じる》ね。勇気を持って選択はまだ先だわ。美和ちゃ
に宿題を持って帰ってもらうわ。
まず、自分が望む事、なりたいもの、したいこと、なんでもいいから考えて来て。
美和ちゃんの未来は、先に存在するのではなくて、今の思いや言葉、行いが、そういう先の未来を引き寄せる、ということをくれぐれも忘れずにね。」
「分かりました‥」
「美和ちゃんは4回セットになるけど、支払いはどうする?」
「あ、じゃあ4回払いでもいいですか?」
「もちろんよ。」
とウィンクすると、ケンジはお代を受け取り、奥に消えて行った。
 (自分の求める未来って何だろう‥‥‥未来ってその目標に向かって頑張るのかと思っていたけど、今の積み重ねが、そういう未来を引き寄せる‥‥‥ってケンジさんは言ってたな‥‥‥)
美和子はゆっくりとした時の流れを感じ、ここは改めて不思議な空間だな、と思った。
いつのまにか、ハーブが入っている袋を持って目の前にいたケンジに、今度は美和子も驚かなかった。
「ほら、認識すると人って少しずつでも慣れるのよ。もう、美和ちゃん、私が突然現れても驚かなくなったでしょう」
あははと笑う美和子に、
「はい、これ今日のハーブティー。プレゼント。タケシがまだ残っているから、あげたら?って」
お会計を済ませた美和子にケンジはハーブのたっぷり入った袋を差し出した。
「あ、ありがとうございます。あの~タケシさんて¨?」
「双子の兄なの。私に似てイケメンよ。でも、根暗だから、あまり外に出て来ないの。フフフ」
美和子は少し軽くなった足取りでケンジに向き合い
「ありがとうございました。何だかよく分からないけど、少し気持ちが楽になりました‥‥‥宿題やって来ます!」
「可愛い美和ちゃん、またね~!」
というと、ハグしてきたケンジに美和も恐る恐るハグを返した。
焦げ茶色の扉を閉め、小雨に気付き、折り畳み傘を出そうと腕時計に目を走らせた美和は思わずハッとした。
ゆうに2時間は過ぎているであろうと感じた時の流れが、15分しか経っていなかった。
美和子は、『なんでも屋ケンジ』の方を振り向き「ありがとうございました」と小さく呟いた。
何だか時間を得した気分になり、足取りも軽く帰路に向かった。

02 山川 33歳の買い物 <2014.8.21掲載>

「ちょっと、あんた。いつまでうちの店先で突っ立っているつもり?」
男は一瞬、ケンジの顔を見ると驚いた顔をしたが、すぐに思い直し、
「初めまして、山川 達也と申します。すみません、入ろうと思っていたのですが。。。」
「言い訳はいいわよ。イイ男はいつだって大歓迎よ」
とケンジは言うと、自分より一回り大きい山川を店に招きいれた。
「美和ちゃんから聞いていたから、大よその検討はついていたけど、思ってた以上にイイ男でびっくりよ」
そう言うとケンジはリクライニングソファーを山川に勧めた。
頭を掻きながら、ぎこちなくソファーに横たわる山川。額には汗の粒が浮いている。
「すみません。。。美和には座ってやると聞いていたのですが」
「人それぞれ必要なものが違うのよ。あ、何か飲む?待ってて」
ケンジは立ち上がり、奥の間に消えて行った。
山川はソファーの上で体勢を直して、ゆっくりと目を閉じた。
ほどなくしてケンジがトレーにハーブティーを乗せテーブルに置いた後に、冷やしたタオルを山川の額に乗せた。
「相当、疲れた顔しているわね。特に第七、頭頂のチャクラなんてグレーでつまっているわよ。」
山川の切れ長の目が大きく見開き、その疲れがにじんだ瞳をケンジは優しく覗き込んだ。
そして深く息を吸い込むと両手を山川の額に乗せた。
「達ちゃん、もう一杯一杯みたいね。特に奥さんとのことは限界みたい。ハートにもたくさん矢が刺さっているしね。その一本一本を美和ちゃんが一生懸命抜いてくれている感じ」
「美和は本当にいい子なんです。。。ただ自分とずっと一緒にいることが果たして美和にとって幸せなことなのか。。。」
「やーだ、あなた達二人して、お互いに同じことを言ってる。」
「{どうしたらいいのか分からない}の前に{どうしたいか?}」を考えなくちゃダメなのよ。
ちょっと起きてこれ一口飲んで」
と言うと、ケンジは山川を起き上がらせてからハーブティーのカップを渡した。
一口飲んだ山川は思わず顔をしかめた。
「そうマズイもんじゃないわよ~。エルダーフラワーをブレンドしているの。緊張や不安に良いんだから。」
「そうですか。。。」
と言いながら、ごくごくと飲み干し、しかめた顔をした山川を見ながら
「達也ったら、なかなか男気があるじゃない」
と言いながら、バシッと山川の背中を叩いた。
「体もイイわね。。。フフフ。。。さて仕事、仕事。
で今日は達也の買いたいものを聞く前に、あまりにもオーラが疲れているからそれをクリアリング、まあ大掃除ね、それをするところから始めて良いかしら?時間は大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあ、リラックスして目をつむって」
どこからか鐘のような音が聞こえ、お香のような匂いがして、山川はそれを深く吸い込んだ。
リラックスした山川は、少しずつ眉間辺りがモゾモゾとしている気がして、手で掻こうとした時にケンジに制された。
「ちょっと待ってて、達ちゃん。今、ここお掃除中なの。第六チャクラで、いわゆる第三の目、と言われている場所ね。随分永い事、ここを閉ざしていたみたいだから、少し時間がかかるわよ。」
山川は、ムズムズと又はキリキリと開いていくような感覚を眉間の辺りで感じていた。
 (思い返せば、いつもいつも人の為に頑張って来た自分。仕事も人間関係も、そして結婚生活も。全速力で走って来すぎてしまったか。。?
自分が望むことよりも相手を優先して来た。その自分が初めて自分の意思で愛したのが美和子だった)
「達ちゃん、今、美和ちゃんの事を考えている?ハートからすごく温かいエネルギーが出ているわよ。」
「すごいな。。。ケンジさん、そんな事も分かるんですね。。。。」
「フフフ...当たり前~。私はプロのヒーラー兼チャネラーよ。それに達ちゃん、すごく、ハートをオープンにしてくれているしね。私の事、好きになっちゃったんじゃないの?」
「あ、それはないですけど。。」
と照れ臭そうにする山川にケンジは
「達也のそういう部分に美和ちゃんは惚れたんだわね」
「そういう部分?」
「飾らない、まっすぐで正直な部分よ。今まで自分を偽って来た部分も多いんじゃない?
達也はスーパーマンじゃないの。自分を過小評価する必要はないけど、全部背負い混むのは危険よ。体や心がS.O.Sを出していても気付けなかったら、病気になっちゃう。達ちゃん、よく病気にならなかったわよ。不思議なくらい。」
「あんまり苦しくて、電車に飛び込みたくなった事もあったけど。。。」
チッチッチッと、指を振りながら、
「自殺はダメ。生まれてくる前に自分のおおよその計画を人は立てて来るの。それを途中で放棄するということは、その計画を持ち越し、つまり来世まで持っていくことになるのよ。」
「来世まで持っていくのは、悪い事ですか?」
「あ~ん、ちょっと待ってて~」
と言い残すとケンジは立ち上がり、奥に消え、トレーにクッキーとチョコレートを乗せて戻って来た。
「久々に深いメッセージを伝えていたら、甘い物が食べたくなっちゃった。達也も食べて」
というと、大きなホームメイドクッキーを山川に渡した。
「いただきます。う~ん、あ、うまい!」
「でしょ~、ケンジオリジナル!と言いたいところだけど、今日のクッキーはタケシ作なの。
「タケシって?」
「あら、美和ちゃんに聞いてない?私の双子の兄なんだけど、私に似てイケメン。でも、私の方が少し上かな、フフフ」
「あの、タケシさんも...その...?」
「ゲイか?ってこと?彼はノンケよ。でも根暗だから、あまり人には会わないの。」
「ケンジさんが社交的だから」
「あら、私がお喋りだからってタケシが寝暗って言いたいの?ちょっと達也言ってくれるじゃない!」
「ハッハッハッ」
と大声で笑う山川を見て
「ほら、人ってやっぱり笑顔に勝るものはないのよ。美和ちゃんもそうだったけどね。笑顔は平和のシンボル。分かる?」
「本当にそうだな。。。最近あまり笑っていなかった気がします。」
「でしょう?ほら、お茶もう一杯飲んで」
注がれたハーブティーを苦笑しながら、山川は再び飲み干した。
「前よりおいしく感じない?」
「あ~、あ、そうかも知れない。少し苦いですが」
「え?本当?」
と自分のお茶を飲んだ途端、顔を崩すケンジ
「いや~だ~。調合間違えちゃったみた~い。言ってくれれば良かったのにぃ」
「ケンジさんがあんまり自信を持ってススメてくれているので、こんな味かと。。。
ハッハッハッ」
「ごめんね、達ちゃん、今日の買い物は少し割引するわ。まぁ、もともとイイ男には少しサービスしちゃうんだけど」
ペロッと舌を出した後に真顔になったケンジは
「さっきの質問に答えるわね。来世まで持ち越しするのは、悪い事ではない。でも、それはイコール計画を先送りにしたとも言えるわけ。それに来世で現世からの計画を引き継ぎのようにスムーズにできるか?というと、自殺の場合は、その地点に辿り着くまでに大きなテーマ、つまりは自分を労る、ねぎらう、というテーマも加算されるから、それに対してのお試しみたいなこともたくさん出てくる訳よ。
例えば死にたくなるような状況の現世に生まれて来たりして、そしてそれをクリアしたら、ようやく前世で途中で放棄した計画に取り組む。。。みたいな感じね。」
「う~ん、分かるような分からないような。。。」
「まず初めはそんなんで良いのよ。
達ちゃん、今日の買い物は何だと思う?」
「たぶん、自分の本当の気持ちを貫く強さかな」
「いい線行ってるけど、まず達ちゃんの場合はクリアリング。それをして、軽くなってから、次のステップに行く感じかな。美和ちゃんと同じ4回で良い?」
「はい、それでお願いします!」
会計を済ませた山川に、ケンジはクッキーの袋を渡した。
「はい、タケシから。寝暗だけど良い奴なのよ。」
「ありがとうございます。何かまだ眉間の辺りがムズムズしているけど。。。」
「大丈夫。しばらく続くけど、一週間もしたら取れるから。自分と直感を大切によ!達也!又ね!」
そういうとケンジは奥に入って行った。
山川はポリポリと額を指で掻くと、そこには今までなかった小さな穴のようなものができていた。
「あれ?これって、もしかしてケンジさんが言っていた第三の目とかいうもの。。。?!」
首を傾げながら帰路に向かう山川だった。

03 里佳 16歳の買い物 <2014.11.27掲載>

里佳は勢いよくドアを開けると、そのままの勢いでドアを閉めた。
「ちょっと~、年代物のドアなんだから、もう少し静かに閉めてよ~」
ケンジが奥の方から出てくると、里佳はその場にしゃがみこんだ。
「どうしたの~?」
とケンジはゆっくりと里佳に近づき、肩に腕を回して立たせ、ソファーに座らせた。
「ごめんなさい、、、突然。。。」
「前にもお店覗いてくれたことあるわよね?」
「はい。。。あります。。。」
里佳は肩をすぼめたまま申し訳なさそうに、でもまっすぐな瞳でケンジを見つめた。
「ママとケンカしちゃって。。。」
「そんな迷い子のような顔をして~。アタシがイイ男好きだから良いようなものの。援交好きの男にそんな目を向けちゃだめよ!
ちょっと待ってなさい。世話が焼ける女の子用にハーブティー用意してきてあげるから」
そう言うと、ケンジは奥に引っ込んだ。
「ごめんなさい。。。」と小さく呟きながら里佳は今しがたした母親とした会話を思い返していた。
何をするにも支えてくれた母親だったが、気が付けばどこにいても、誰といても常に母親の監視の目があった。
母の口癖は「里佳の為に」「あなたの為よ」そればかりだった。
「うっとうしんだよ!!」
ドンと肘掛けに拳をついた。
「あら、穏やかじゃないわね~。かわいい顔して心は小悪魔?」
そう言いながらケンジはハーブティーを里佳の前に置いた。
「カモマイルとレモングラスのタケシオリジナルブレンド。イライラや心を落ち着かせる効果があるのよ。今日は生理なの?」
あまりにも自然に訊いてきたケンジがおかしくて、ハーブティーを飲んでいた里佳は思わずむせた。
「ゴホッ。。。違います。終わったばかり。
あの。。。ごめんなさい。。。ホントに。。。私、田島 里佳と言います」
ケンジも笑顔を見せながら「アタシはタケシ。家は近くなの?いくつ?フフフ・・・何だか迷子の子に聞いているみたいね」
「そんなもんですから。。。家はこの先の区民ホールの裏で・・・16歳です。」
「あ~、あの豪邸ね。16歳?16歳の頃っていうと、アタシは宇宙人に遭遇していたかしら~」
「宇宙人?」
遠くの記憶を思い出していたケンジは
「ま、その話は置いておいて。何だか里佳ぴょん、ママのエネルギーがすごいわね。里佳ぴょんのオーラを覆いつくしているかんじ。」
「え?そんなこと分かるんですか。。。」
「もう、ママが重い。。。ママは私のため、私のためって言うけど、私そんなこと望んでいない・・・」
と、里佳はセキを切ったように泣き出した。
「いつまでも。。。子供扱いして、全部ママが決めて。。。」
泣きじゃくる里佳を見て
「随分 疲れが溜まっているみたいね~」
と優しく里佳の直毛の髪を撫でながらケンジは優しく頷いた。
B.G.Mがケルトミュージックのようなものに変わった。
30分が過ぎ、ようやく里佳は落ち着き、ティッシュで鼻をかんだ。
「ごめんなさい、ケンジさん。。。仕事できない。。。っていうか、仕事の邪魔をしちゃってますよね。。。私」
「いいわよ。出世返しで。なんて冗談よ。こんな泣きじゃくった女子に、出ていきなさい!って言うほど、切羽詰まった生活しているわけじゃないし。今朝の瞑想で、迷い人が来るってでてたし。里佳ぴょんのことだったのね~。
里佳ぴょんが落ち着いたから聞くけど、今日は買い物していく?」
「ここは何を売っているんですか?」
「ママのエネルギーに負けない強いオーラ。怒りの手放し方。体内に居座っている里佳にはもう、不要な考え方。それから・・・」
「わたし、全部欲しいです!」
「ここね~。いきなり鬼みたいなことを言うようだけど、高いのよ。学生割引もないし。里佳ぴょんは1回で良さそうだから分割もできないけど、大丈夫?」
「大丈夫です。嫌味じゃないんだけど、うちお金には困ってないので・・・」
「そうでしょ。それも知ってた。貧乏人からはあまりもらえないからね。フフフ。。。今朝の瞑想で、たくさん買い物する人が来るとも聞いていたけど、それも里佳ぴょんだったとはね~。里佳ぴょんの後ろには、金、銀、財宝が見えるもの。羨ましいわよ。そこんとこはママに感謝ね~」
「そうなんだけど、、、でも!」
「あのね、すべてひっくるめてダメ!と否定はしないのよ。ここはここで認めることも大事。里佳がもし貧乏人で生きるか死ぬかの瀬戸際で生きていたら、ママのエネルギーが重いだの言ってられないんだから。分かる?」
「確かに。。。そうですね。。。」
「その上で、私は~ここは受け付けられない、と境界線を引くことが大切」
「いつまでも、良い子ちゃんでいる必要はないわよ。怒りの部分はきちんと自己主張するべき。その代わり、ここの部分は感謝してるって。ただね、自分の気持ちを本気で伝える気なら、それなlの覚悟が必要よ。お小遣いを月2万もらって、でも好きにさせてもらいます、って言うんじゃあまりにも説得力がなさすぎ。
自分をもっと信じて、口を出さずに見守ってほしい!と願うなら、まずはバイトでもして親から1円ももらわない!位の事をしないと」
「は。。。い。。」
「駅前のマックなんて、いつもバイトの募集しているじゃない。確か850円よ。」
「850円か。。。ママがなんて言うかな。。。」
「何て言うかな、なんて考えるより、どう説得するかを考えなさいよ~」
だんだん縮こまっていく里佳に
「まずは、マイナスのエネルギーの解放をしましょう」
そう言うとケンジは里佳をソファーに寝かせた。
里佳は目を閉じ、深呼吸をした。
ケンジは、ヨーロピアン調のボトルから、不思議な香りのするオイルを手に取り、里佳の上から順に、頭頂、眉間、喉につけ、洋服の上からなぞるように、ハート、溝うち、下腹、股、足に流した。
「里佳のママだってね、決して悪気はないのよ。エゴが強いけどね。子供は自分の分身と思っている。でも子供は決して分身じゃないのよね。生まれた時から、個として存在する。
こうあってほしい、ていう理想の娘像があるけど、そんなクッキーの型みたいなものは幻であって、みんな無限な形に変化するのよね。」
里佳は閉じた目からゆっくりと涙が流れるのを感じた。
「だけどね、里佳のママだって、必死でママ業を学んでいるってことを忘れちゃだめよ。里佳の為に栄養バランスの良い食事を考えて、里佳の為に情熱を注いでる。」
「私、ママに何て言えばいいんだろう。。。」
「気持ちがうまく伝えられないと思ったら、まずママに手紙を書いたらいいわよ。正直に格好つける必要もなく、ありのままの自分の感情を書くの。苦しくて、死にたくなってしまったこともね。」
「それをすることによって、ママは変わるかな。。。」
「ママだって、ママのママからそうやって育てられてきたから、それが=良いママって思い込んでしまっているわけ。まさか自分の言動がそこまで里佳を追いつめていたなんて、寝耳に水だろうから、ショックも大きいだろうけど、それくらいのお灸をしても、もういいころだわね。」
ケンジはゆっくり目を閉じ、合掌した。
セージの香りがゆっくりと室内を満たしてゆく。
里佳は額に手をポンポンとあてられて、はっと目が覚めた。
「あれ。。。私。。。」
「1時間は寝たわね。儀式も終わったわよ。」
ゆっくりと体を起こすと、里佳は軽く頭を振った。
「何だか軽い」
「いい、里佳ぴょん、何か事を起こそう!って時はすごいエネルギーも必要だし、強い信念も大事よ。相手を変えたいなら、まず自分が変わらなくちゃ。そして、相手に納得してもらいたかったら、自分が納得される人にならなくちゃね。あと、怒りを出す前に気持ちを伝える努力もしなくちゃ。面倒くさいと思うことでも、すっ飛ばしちゃダメ。すっ飛ばしたら、それは逃避になっちゃう。」
「はい。。。私、全部今までずっとため込んで我慢してきた。でも、これからきちんと伝える努力をします。それから信じてもらうためにも頑張る。」
「そうよ~。それでこそ里佳。じゃあお会計ね。そろそろ陽が暮れちゃうから、気を付けて帰るのよ~。里佳ぴょんは1回払いでとりあえず今日から頑張って」
「タケシさん、ありがとう」
お会計を済ませ里佳は立った。
真っ赤になった里佳の鼻を軽くタッチし、タケシは里佳のオカッパの髪を撫でた。
お土産に”勇気玉”という名の飴をもらった里佳は、駅近くにある文房具屋に向かった。ママに気持ちを伝えるために、新しいレターセットを買いに。
数か月後_____________
ポストにアメリカからポストカードが届いていた。
『ケンジさん、ケンジさんに会ってから、毎日ママに手紙を書き、自分の気持ちを伝えました。そして、念願だったアメリカに1年間ホームステイに来ています。以前だったら考えられなかったけど、ようやくママが私を一人の人間として、信じてくれた!。。。。。。。。。。。。。。』
ハガキを読み終わると、ケンジはニヤっと笑い、
「BRAVO!里佳。やるじゃな~い!」と言って青空に向かい万歳した。

04 番外編:ケンジとタケシ <2014.12.7掲載>

「ちょっと、タケシ~、届かないから来て手伝ってよ~」
ぼさぼさの前髪をボリボリ掻きながら、奥の間からタケシが出てきた。
ケンジの双子の兄タケシは一卵性なのになぜか身長が5センチもケンジより高く、190センチ近い体躯を持て余すように少し猫背気味に歩く癖がある。人前に出るのを大の苦手としていた。
「タケシ~、こっちよ!早く~!」
大きな本棚の上にある箱をケンジが取ろうとしたが身長が届かず、やむなくタケシの出番となった。
軽く手を伸ばし、箱を取ると机に置いて再び奥の間に戻ろうとするタケシの腕を引っ張り、ケンジはソファーに座らせた。
「ちょっと、いつまで引っ込んでいるつもり?いい加減にしなさいよ!」
「。。。」
「ここ3年黙って来たけど、失恋位でそんなに落ち込む男いる?タケシくらいよ!」
「。。。」
「タケシはだいたい言ってバランスが悪いわけ!恋愛なんてGive&Takeよ。タケシは尽くしすぎ。だから疲れ果てちゃうのよ。」
大学時代から15年付き合っていた彼女は、タケシにとって初めての彼女だった。ケンジに比べてシャイだったタケシは、何をするにも奥手だったが彼女を心から愛し、そして大切に思っていた。
プロポーズも終え、身内だけの結婚式を挙げる当日、彼女は現れなかったのだ。
『ごめんなさい。他に好きな人ができました』
と一言書いた手紙を残して。
タケシはそれ以来、ケンジに頼まれたことと家事全般はやったが口数がめっきり減り、奥の間に引きこもるようになった。
宝くじを3回ほど当てたことがある二人は、それでマンションを購入し、祖父から受け継いだこの古いお屋敷でヒーリングショップをしながら共同生活をしている。
「あの女はカルマだったのよ・・・
何回も伝えてたでしょう~。タケシったら耳貸さないんだもん。っていうよりカルマの解消には必要だったことなのよね~。タケシは海賊時代、女をつまみ食いばかりしていたもんね。1度で大浄化ができて良かった!と思いなさいよ~って何度も言ってるでしょ!」
「う・・・ん、まぁな・・・」
タケシは、頭の後ろで手を組みながら、ぼんやりとこの3年間を振り返った。何べんも何べんもしてきたことだ。
「だけど・・・。なんで一生懸命尽くしていたのに、あんな形で裏切られなくちゃいけないんだろうな・・・俺だって、薄々は感じていたけど・・・彼女と一緒にいながらも、何かが起きてしまうんじゃないかって。でもそれでも俺は彼女と一緒になりたかったんだよな・・・」
自分の気持ちを確認するように、ゆっくりとタケシは深呼吸をした。
ずっと黙りこくっているケンジをおかしく思い、タケシはケンジを見るとその目は涙で潤んでいた。
「ちょっと~久々にこんなに喋るタケシを見て、感動しちゃったわよ~、もうタケシのバカ!」
タケシは照れ臭そうに前髪を掻きながら
「ごめんな、ケンジ。。。ありがとう・・・」
と言った。
「何だろうな。さすがに3年て月日はデカいな・・・って今日は結婚式を挙げる予定だった日から丸3年目か・・・ケンジ気付いてたのか?」
ウインクを返すケンジ。
「根暗で引っ込んでいたタケシの分も頑張ってきたケンジ様に今日はご奉仕してちょうだいね!!」
「はい、はい」
「アタシ達もそろそろ次のパートナー見つけてもいい頃よね?」
「あれ、井上さん?だっけ?」
「あ~、井上っち、とっくにダメ。気分によって男になったり、女になったりするから」
「そっか。ゲイの世界も色々あるんだな~」
「何よ~。他人事みたいに。ところでタケシ、最近はどうなのよ。夢見てる?」
「まぁ、ぼちぼちな。そういえば、
昨日鈴木のじぃちゃんが亡くなる夢見たよ・・・
不思議だな・・・この3年間は夢1つ見てなかった気がする。」
「タケシのエネルギーも閉じていたしね。今日ちょうど新月だし、もうリニューアル・タケシが動き出すタイミングなんじゃない?」
「本当にな~」
「だからって、前世の海賊パワー出しちゃだめよ!この色おとこ!」
「何を言ってんだか~。もう女はコリゴリだ」
「じゃあ、アタシと一緒にイイ男探す?」
「いや、遠慮しとく(笑)」
「で、鈴木のじぃちゃん、どうなのよ?」
「うん。俺たちもう4~5年会ってないだろう?じぃちゃん、心臓弱かったから。。。」
ケンジとタケシが子供の頃、近所に住んでいた鈴木のじぃちゃんは、2人を本当の孫のように可愛がってくれていた。
当時にしては珍しく赤ワイン好きなハイカラなじぃちゃんで、ケンジやタケシが遊びに行くと赤ワインを飲みながら、昔住んでいたインドの話をしてくれた。秘法、聖者、儀式,等々。。。
にっこりほほ笑むと額のシワがどこまでも深く刻まれ、ケンジはいつもそこに鉛筆を挟んでみたいと思っていた。
「あっ」
「あっ」
2人は同時に声を発して、顔を合わせた。
「じぃちゃん、旅立ったみたいね~」
「うん」

二人はそのまま目を閉じ合掌した。
「じぃちゃん幸せもんね~。赤ワイン飲みながら倒れて、そのまま旅立つなんて」
「そうか。俺の夢の中では、白ワイン飲んでいた気がしたんだけどな」
「何だかあちらに行く寸前に白ワインにも目覚めちゃったみたいで、もっと前から白も飲んでおけば良かった、だって~フフフ」
「じぃちゃんらしいや」
______________________

食卓の前においしそうなモツ鍋が湯気を立てている。
ケンジは白ワインを3人分注ぐと
「スズキのじぃちゃん、ふるさとに帰郷おめでとう~!カンパーイ!」
「カンパイ!」
今晩はタケシの得意料理のモツ鍋と鶏の手羽焼きやら、お惣菜が所狭しとならんでいる。
「ちょっと、タケシ~。アタシの夢も見てよ~!」
「自分で見てみろよ。ケンジの方が分かるんだから。」
「それがね~自分のだとどうも脚色しちゃうみたいでさぁ。実際に会うとがっかりも多いじゃない。タケシ、3年の眠りから目覚めたんだから、予知夢頼むわよ。あ、でもこの前久しぶりにいい男がいたのよ!」
「あ~なんかケンジが少し興奮してた時?」
「興奮なんかしちゃいないけど、でも久々にヒットなんだけど。。。これまた、男に興味なしなのよ。っもう!」
「残念!」
「ちょっと、タケシ見て~。鈴木のじぃちゃん来たんじゃない?」
じぃちゃん用に注いだグラスに目をやると、ワインは半分に減っていた。
「じぃちゃんが、タケシ再生に力を貸してくれたのかもよ。ありがとー」
再びケンジはグラスを持ち上げ、じぃちゃんの飲みかけのグラスと乾杯した。

05 隆一 19歳の買い物 <2015.5.20掲載>

ホームの端っこに立ち、線路の砂利を見つめていた隆一は大きく深呼吸した。
その丸みを帯びた肩は緊張のために震えていた。
そして、滑り込んでくる特急電車に合わせるように、足を踏み込んだ。
その瞬間、大柄な男に腕を引っ張られ、ホームの真ん中まで連れ戻された。
「ブー、ブー」とクラクションを鳴らしながら特急電車は通りすぎて行った。
ボー然とした顔で大柄の男を見つめる隆一。
呼吸はまた激しい。
「なんで止めたんですか!僕は……僕は……」
「死ぬのはまだ早いよ。死は必ず誰にもやってくる。そんなに急いで死ぬ必要はないさ」
「僕のことなんか、何も知らないくせに…」
とその場にくしゃっと座りこんだ。
タケシはゆっくりと隆一の横に座り、ポケットから出したミントキャンディーを一つ隆一に渡した。
「俺の双子の弟、ケンジっていうんだけど面白い奴なんだ。少しそいつと話してみないかい?それでも、どうしても死にたいっていうなら次はもう止めないさ。」
キャンディーを握りしめていた隆一は、しばらく考え無言で立ち上がった。
一礼してタケシの前を立ち去ると、後ろからタケシの声が追ってきた。
「俺も死にたいと、この3年間ずっと思って来たんだ。15年付き合ってた彼女に結婚式当日フラれたんだよ。キツくて、毎日毎日3年間死ぬことばかり考えて来た。内容は違えど、君の死にたいって気持ちは痛いほど分かるんだ。」
隆一は足を止めた。(僕を止めるための作り話?)
振り返ってタケシを見ると、そこには優しく真剣な眼差しがあった。
ゆっくりとタケシは歩きだし、
「家、近くなんだ」
と言うと、そのまま改札口に向かった。
トボトボとその後ろ姿についていく隆一。
19歳で160センチちょっとの小柄な隆一は肥満体質だった。
童顔も手伝い、どんな場所にいてもいじめたり、からかわれたりする格好の餌食だった。
それを笑い飛ばせる程の強さもユーモアも隆一は持ち合わせていなかった。
自分の足元を見ながらタケシの歩調に合わせて歩くと、少し息が切れてきた。
しばらく歩いていると、バンと大きな背中にあたった。
「着いたよ」
タケシが足を止め、大きな焦げ茶色の木の扉を開けた。
「ケンジ~、ただいま~」
恐る恐る足を踏み入れた隆一は、室内の不思議な雰囲気に圧倒された。
「ここは……家……なんですか?」
「あ~こっちは店。奥が自宅なんだ。」
ドリームキャッチャーやらユニコーンが窓辺に飾ってある。
象が顔になっている置物を見た隆一はハッとした。
「あ、これ夢で見た事がある!」
「お、ガネーシャか。万能の神だな。お~い、ケンジ~」
奥の方から
「お帰り~、タケシ、ちょっと待って!」
そのやりとりを聞きながらも隆一はガネーシャに目が釘付けだった。
ちょうど1ヶ月前、毎日毎日悪夢を見ていたのに、あの日はこのガネーシャが夢に出てきたのだ。新しくできる筈だった大学の仲間も、結局隆一のコンプレックスが原因で出会う機会を失ってしまった。
誰かも?意味も分からず今日まで来てしまったが、この象が顔になっているガネーシャが出てきた瞬間は、とても気持ちが穏やかになったことを隆一は思い出していた。

「お待たせ~、何よ、タケシったら呼びつけちゃって。何か美味しい物でもお土産に買ってきたの~?」
顔に白いパックをつけたまま出てきたケンジを見て隆一は腰を抜かしそうになった。
「やだ~ん、もうタケシったら。お友達連れて来るなら言ってよ~。ごめんね。驚かせちゃって。はじめまして~、私ケンジ」
手を差し出すと、隆一は恐る恐る握り返した。
「あら、小粒のポッチャリ市原隼人みたいで、かわいいわね。うふふ。
あのね、すぐにでも相手したいんだけど、この高級パックあと10分で終わりだからちょっと待ってて~」
そう言い残すとバタバタとケンジは奥に引っ込んだ。
その姿にショックを受けた隆一は
「あ、あの……僕やっぱり……」
と扉に向かおうとすると、
「悪い奴じゃないよ。ケンジは。ゲイだけど年上がタイプだし、君のことも襲ったりしないから。俺、お茶入れてくるから適当にくつろいでて」
そういうとタケシは奥に消えて行った。
1回深呼吸をした後、隆一は恐る恐る店内を再度見渡した。
ガネーシャの置物に再度目が行く。
ゆっくりと近付いた。高さ10センチ程のガネーシャはシルバーにたくさんのパワーストーンが施してあり、とても凝ったデザインになっていた。
隆一の心臓が早い速度になった。ドックン、ドックン音をたてている。
周りを見渡し、誰もいないのを確認すると、隆一はガネーシャを掴み、そのまま自分のカバンに押し込んだ。
いけないと思いながらも満たされていない時、隆一は物を盗んではそれを家に持ち帰るということを繰り返していた。
お店などでやったことはないので、補導されたことはないが、学校の備品や人の家に行った時に、盗みをしていた。どうしても欲しい訳ではない。
ただ、ただ、心が淋しく満たされていないのを、物で埋めたかったのだ。
ほどなくすると、
「お待たせ~」
とパックを済ませ、化粧水もしっかりしてきたのか、お肌ツルツルのケンジが現れた。
「名前は?」
「鈴木 隆一……です。」
「いくつ?」
「19…です。」
「さっきタケシから聞いたけど、電車に飛び込もうと思ったんだって?」
「……」
「話したくなかったら、無理に話さなくてもいいわよ。
ねぇ、りゅうりゅう、死んだら人ってどうなると思う?」
「天国か地獄に行く……?」
「当たりでもあり、ハズレでもあるわね。あら?ハーブティーはまだ?」
ケンジは唐突に言うと、奥に引っ込んで行った。

隆一はカバンの中のガネーシャを見つめた。
元に戻そうか迷っていた。(何だか、バレているような気がする…)
ガネーシャを取りだそうと、カバンに手を入れた瞬間、トレーにハーブティーを乗せたケンジが帰って来た。
手を引っ込める隆一。
「またまたお待たせ~。タケシったらハーブティー用意してそのまま昼寝しちゃった。ああやって突如睡眠に襲われる時は、タケシはメッセージを受け取ったり、予知夢を見たりするときなの。」
そう言いながらケンジはハーブティーを隆一の前に差し出した。
「真実の舌っていうタケシオリジナルブレンドよ。りゅうりゅう、話さないといけないことがたくさんあるみたいね。」
ギクッとした隆一は、そのまま目を合わせずハーブティーに手をつけた。
酸っぱくて少し苦い味がした。
「さっきの話だけどね、天国や地獄っていうのは、分かりやすく私達が作り上げた世界。人は死ぬと必ず光の世界に行くけど、そこで生きてきた時に人生でやって来たことを振り返るわけ。例えば人に悪いことばかりやって来た人がいて、光の世界に行ってから振り返ってすごく後悔するじゃない?生まれ変わってすぐに善行をしたい!やり直したい!と思って、すぐに生まれ変わる人もいれば、生まれ変われない人もいるの。生きているうちにやってしまったことをやり直すには、肉体を持っている存在、つまり人間として存在しないとできないのよ。そういう意味で言ったら、生まれ変わりたいのに、修業を積んで生まれ変わるまでは、ある意味地獄、苦しいわよね。自殺しちゃった場合はそれにペナルティが加算される感じ。」
「りゅうりゅうはいじめられて、いじめられて、否定されて苦しかったのよね?」
「……」
「誰も味方してくれる人いなかったの?」
「友達なんていません…僕、太っているし、小さいし、みんな僕の側にいるのなんていやなんです……小学生の時はハサミで髪を切られたこともありました……あれ、僕、なんで初対面の人にこんな話してるんだろう……」
「真実の舌よ、続けて」
隆一は不思議に思いながら自然に話す出す自分の気持ちを感じていた。
「お父さん、お母さんは?」
「二人とも教諭です。」
ヒューとケンジは口笛を吹いた。
「僕なんか…いるのが恥ずかしいみたい。丸く丸くおさめて、母親に話したことあるけど……気のせい、あなたが弱いから……って言われました……何もなかったことにしたいんです。自分達の体裁を気にしていて……」
「大学は?」
「入りました。この春…親は到底許せないレベルの大学だけど…一応自分で選んだ大学です…」
「そんな新しい生活のスタートの時にどうして死のうと思ったの?」
「なんか、何もかもがイヤになっちゃって……大学に入っても結局友達もできないし、サークルだってなんか皆僕なんかに入って欲しくないように見えるし、誰も話しかけて来ないし……。彼女とかだって…僕は1回も付き合った事がないんです……自分なんか死んだって、誰も悲しまないしだろうし……」
「りゅうりゅう、腹いせのために死ぬなんて勿体ないわよ。自殺したって、楽に感じるのは、ほんの一瞬だけ。ほんの一瞬よ!まばたきしているのと同じくらいってこと。その一瞬の後は何を感じるか分かる?後悔や懺悔よ。なんでこんなことしちゃったかな、って悔やみ続けるの。りゅうりゅう、そんなことに耐えられるほど強くないでしょ?」
「でも、どうして自分ばかり……」と言った途端隆一は嗚咽しながら泣き出した。
「随分、真実の舌効いてるわね。タケシ強めにブレンドしたのね~」
と言いながらケンジは両腕を開いて挟み込むように隆一の胸と背中に手をかざした。
「体も泣いてるじゃない、ストレス発散の為に暴飲暴食されたら、たまったもんじゃない!って言ってるわよ。」
隆一は丸い肩を小さく震わせながら泣いている。
「いい?よく聞きなさい。りゅうりゅうの生い立ちや育った環境は確かに可哀想よ。その話までしていたらキリがないから、それはまた今度話すけど、でもイメージしてみて。ある男の子がいました。チビ、デブ、顔は割りと良い。でも暗くて、下ばかり向いていたら、りゅうりゅうはそんな子と友達になりたいと思う?
彼氏として女の子は付き合いたいと思うかしら?」
「だから僕なんていない方がいいんです」
「ん~もう、また、そこに戻っちゃうわけ?人は死にたくなくてもいずれか、必ずや死ぬの。必ずよ。肉体はレンタカーみたいなものだから。でも魂は永遠よ。そこは勘違いしないでね。
自分の力を出し切ったことある?隆一って車を全速力で走ってみたことある?まだ、いろいろな景色を見てないでしょ?すごい馬力があるのに、すぐにエンストを自分で起こしてしまう。それでようやく馬力をだして、試してみよう!って発進するのが、崖からダイブ!なんて勿体な過ぎない?」
隆一は唇を強く咬んだ。
「りゅうりゅう、ここは何でも屋ケンジっていうお店なの。皆いろんな物を買いに来るわ。支払いは1回か4回か、人によって違うけど、りゅうりゅうは4回で良いわね?」
「…」
「ちょっと、あんた、いい加減にしなさいよ!自分を変えたいのか、変えたくないのか、ハッキリしろよ!!」
その剣幕にたじろぎ、隆一は背筋を伸ばし
「か、か、かえたいです!よ、よろしくお願いします」
と頭を下げた。いつの間にか涙は止まっていた。
「うふふ、キツく言ってごめんね~。イヤだ~もう、せっかくパックしてキレイになったのにぃ、男が出て、一気にヒゲが出てきそうじゃない~」
とほっべを膨らませたケンジを見て、隆一はようやく笑った。

「りゅうりゅう、家はどこ?」
「ここから2つ先の駅です。」
「じゃあ宿題ね。次回来るときまでに体重5キロ痩せてくること。ここから歩いて家に帰るといいわ。ペットボトルのジュースは一日1本までよ。後はお茶か紅茶。お菓子も食べて良いのは300キロカロリーまでね。」
「え、、、」(隆一は毎日口にしているスナック菓子やチョコレート、数本のペットボトルを思い出していた。そんなに一気にできるだろうか、、、)
「りゅうりゅうは4回セットで心と体のメンテナンスよ。今日の買い物は『中途半端に生きない姿勢』と、『健康な体の準備』、そして『それをやり遂げる強い心』ね。」
「あと家でスクワットと腹筋、腕立て伏せを100回ずつね!」
「え?100回…ずつですか…?」
「初めは1~2回ずつしかできないだろうけど、少しずつ増やせば良いから。」
ケンジのキリリとした顔に、隆一は再度ビビり、
「わ、分かりました」
と言った。
「一つだけ、りゅうりゅうに朗報、教えてあげるわよ。痩せて格好よくなったら、かわいい彼女もできるわよ。」
「え?こんな僕に……?まさか……?!」
「信じるも信じないも、りゅうりゅう次第だけどね。」
隆一は会計を済ませる為にカバンに手を伸ばした。ガネーシャが手にあたった。
(あ、、、どうしよう、、、)
「ガネーシャの置物はりゅうりゅうの修業中貸してあげるから。部屋に置いておきなさい。終わったら返してね」
全身から冷や汗が飛び出て、隆一は小さく
「本当にすみませんでした!」
と言って深く頭を下げた。そのまま、逃げるように
「ありがとうございます。また、来ます…ガネーシャ、必ず返します!」
と言って隆一は店を出た。ガネーシャの重みを感じながら家に向かって歩き出した。
泣きすぎたのか?人と話すのは久し振りだったからか?
ドット疲れを感じながらも、どこかで自分がまだまだ薄皮だが一皮剥けたような?自分でも掴みきれない感覚を味わいながら、隆一はガネーシャが入っているカバンをもう一度、肩にかけ直した。

~店内~

ケンジがハーブティーを乗せたトレーをキッチンに下げると、ノッソノッソとタケシが起きてきた。手にはケンジの大好物のイチゴ大福を持って。
「あれ?あの子は?そういやぁ~名前も聞いてなかったな。」
「ちょっと、タケシったら、初対面の子連れてきて、そのまま自分は爆睡!ありえないわよ。」
と言いながら、イチゴ大福を取り上げお皿に乗せた。
「名前は隆一、りゅうりゅうよ。」
「あ~ごめん。久し振りにすごい睡魔だったよ。」
そういうと、タケシはドアの奥を見つめた。
店内の様子を見たあと、
「ガネーシャはあげたの?」
と聞いた。
「まさか~、あれ50万もしたお気に入りよ!ガネちゃん、好きだけどちょっと貸してあげたのよ。りゅうりゅう弱いから。ちょっと闇は深そうだけど、いい子ね。市原隼人に似てない?」
「痩せて、かっこよくして、つまみ食いしちゃダメだぞ。」
「しないわよ!もう~!それより夢は?」
「地震がまた来そうだ。野生動物も察知して、移動し始めている。久し振りに山にこもって山の神様とお話してくるかな。」
「その前に、店の結界張り直すから、手伝ってね。ガネちゃん不在だからさ」
「あぁ」
「ちょっと、友達放り出して3時間も寝たんだから、マッサージ!」
「はい、はい」
タケシはケンジの肩をトントンと叩き出した。
ケンジは…イチゴ大福を頬張りながら、至福の顔を浮かべている。

06 洋平 58歳の買い物  <2015.6.20掲載>

「ウゥン」と咳払いして、洋平は木の扉を開けた。
薄暗い店内に向かって
「失礼!」
と大声をあげた。店内は静まり返っている。その静けさを多少不気味に感じながら
「ウゥン」(誰か気付よ!と言わんばかりにわざとらしい咳をする洋平。
びしっとしたスーツを着た背筋を伸ばし、七、三に分けたサラリーマンヘアの下には銀縁メガネが光っている。
「何だこの店は。客が来たというのに誰も出てこないのか?」
ムッとして、再び店内を見渡すと、きらっと光る眼光と目が合い、洋平は
「だ、誰だ!君は!」
と言って後ずさりし、その勢いでソファに倒れこんだ。
「どうも、いらっしゃ~い。あたし、ケンジ。ちょっと様子を見ていたんだけど、今日怒りっぽくて、頑固な人が来るって朝のメッセージで聞いていたけど、おじ様のことかしら。」
「なんなんだ!君は!お客に対して失礼じゃないか!」
「あ、こうも言ってた。プライドがすごく高いから、周りが大変って。」
「何たる店だ!初対面のお客に対して礼儀がなっておらん!無礼だ!」
そういうとカバンを持ち、そのまま出口に向かっていこうとしたが、袖のボタン部分がソファーに引っ掛かり、無理に引っ張ろうとしたら、ボタンが立て続けに2こ取れた。
「あ~あ」
ケンジは大袈裟に言うと、落ちたボタンを拾いながら
「ボタンつける?あたし、裁縫得意だけど。」
「結構だ!」と言いかけて、思い直した洋平はウゥンと咳払いしながら
「まあ、いいだろう。君の店で起きた事故だ。君に責任を取ってもらうということで。」
と言い、上着を脱いでそれをくれてやる!といった風にケンジに差し出した。
「は?ちょっとおじさん!いい加減にしてよ!
勝手にお店に入ってきて、驚いて、ソファーに倒れて、袖ひっかけて、ボタンを取っちゃったの、おじさんでしょうが。人が好意で付けてあげるって言ってるのに、何よ!」
と言いながら洋平ににじり寄り上着を受け取った。洋平を見下ろし、にらむケンジ。
ウゥンと咳払いをして、ケンジを見上げる洋平。その身長差15センチ。
「あら、あたしにしては珍しく、ちょっと熱くなっちゃったわ。お客、お客って自分で言ってるから、一応お客様扱いしてあげるわよ。ちょっと待ってて、今ハーブティー入れてくるから。」
そういうとケンジは上着を置き、奥に消えて行った。
洋平は再び咳払いをし、髪を直し、メガネを直すと、再び店内を見渡した。
「何だ、本当にこの店は。変な店だ。佐藤に勧められてきたものの」
「場違いだったと思っている?」
といつの間にかトレーにハーブティーを乗せたケンジが現れた。
「はい、これどうぞ~」
洋平の前にものすごく濃い緑茶のようなものが置かれた。
洋平は注意深くそのハーブティーをにらんで眺めた。
「来てくれたからには、何か買い物があったんでしょ?洋平ちゃん?」
「洋平ちゃん?(何だと!友達にもそう呼ばれたことがないのに。しかし奴はなぜおれの名前を知っているのだ)」
注意しようとケンジを見ると、早速ケンジは手慣れた手つきでボタンを縫い付け始めていた。
ベロンとめくれ、刺繍してある洋平の名前が丸見えとなっていた。
「フン」と言い、仕方なくハーブティーを一口飲んだ洋平はあまりの苦さにむせこんだ。
「なんだ!このお茶は!これがお客に出すお茶か!」
「ああ、それね~頑固じじぃ用ってお茶なの。洋平ちゃん、そんないちいち目くじらを立てていたら、後1~2年で脳の病気になっちゃうわよ」
「なんだ、今度は私にお説教か?君みたいな若造に説教されるほど私は困ってない!まったく、こんなところに来るんじゃなかった。明日佐藤に」
「洋平ちゃん、こちらは洋平ちゃんが帰ったって全く困らないけど、洋平ちゃんはどうなのよ?奥さん出て行っちゃって何も一人じゃ出来なくて、困っているんでしょ?だからここに来たんじゃないの?」
洋平は
「え?!」と言った顔をして、
「なんだ、佐藤は紹介者というだけでそんな話まで君にしているのか!!」
「もう~何にも説明聞かないで来たの?サイキックとか聞いたことない?透視よ、透視」
「また、そんな冗談を!」
「その佐藤だか何だかって人は誰か知らないけど、洋平ちゃんを見ていたらそのオーラで、ある程度まで分かるわよ。エリート出世コースまっしぐらで鼻高々。順風満帆だったけど、それは陰で支えてくれた奥さんの存在があったからこそ。プライド高くて、怒りっぽくて、威張りまくって、感謝もしないでずっと来て、遂に奥さんに見捨てられたんでしょ!」
洋平は小さな目を大きく見開き
「佐藤は俺のことをそんな風に見ていたんだな!」
「ちょっと!いい加減、友達疑うのやめたらどう?あんたの唯一の友達じゃないの?あたしはクライアントは一度見たら忘れないけど、佐藤って人はよっぽど印象が薄いのか全く覚えてないわよ。とにかく、友達から連絡なんか来てないし、もし来てたら、あんたみたいなじじぃ、こっちが断っているわよ。その証拠にその友達、じじぃが4年生までおねしょしていたこととか、足の裏が臭いのがコンプレックスとか、漫画コレクターで愛読書はドラえもんとか知っているわけ?」
洋平は目をこれでもか、といわんばかりに見開いた。
「な、なんで、そんなことを・・・」
「もっと言ってあげましょうか?中学の担任の先生に憧れて家まで尾行して、実はばれていて翌日注意を受けて、あ、大学の時は。。。」
「も、もういい!分かったからやめてくれ!」
洋平はワナワナと震えだした。そして降参したと言わんばかりにへなへなとソファーに座りこんだ。
エリートサラリーマン洋平にとって、それらの話は恥部だった。
「ごめん、言い過ぎたわね。あたしの父親が洋平ちゃんにそっくりなタイプだったのを思い出しちゃったのよ…洋平ちゃん、落ち着いて。苦いけどこれ、もう一回飲んで。」
と無理やりハーブティーを飲ませた。
「う、苦い!」
「これ、すごく苦いでしょ?洋平ちゃんの頑固さと同じ位濃くしたのよ」
その時、扉が開いて髭もじゃのバックパックを持ったタケシが入ってきた。
「だだいま~」
「もう、タケシ~、Good Timing!怒りっぽくて、とてつもなく頑固でプライドが高い洋平ちゃんが来ちゃったわよ。アタシ熱くなって疲れた~。そうだ、ゴディバのチョコ残っていたから食べてこよう~」
と言いながらケンジはスキップするように奥に引っ込んだ。
髪と髭ボーボーのタケシは
「どうもいらっしゃい~」
というと、奥の間に入ろうとして
「あの~、脱臭にはティートゥリーが効きますよ。」
と振り向いて言った。
「それから・・・‘スラムダンク‘俺も好きです。じゃあ」
と言うと奥に消えて行った。
洋平は何が何だか分からなくなっていた。混乱していた。今まで目に見えるものだけを信じて生きて来たのだ。サイキック能力なんて存在するのだろうか。だが・・・さっきケンジが言ったことは紛れもない事実であった。
洋平は咳払いするのも忘れて、目を閉じた。
4年生までおねしょが治らず親も気をもんでいた。また小学校高学年より異常に足が臭く、靴下を一日2~3回取り替えているが、誰にも知られたくないコンプレックスの一つだった。飲み会の時は、部下に座敷ではなく必ずテーブル席を予約するよう、指示する力の入りようだった。また、漫画も小学生の頃からコレクションしているものもある。性格とは裏腹に愛読書はドラえもんだった。
洋平は、力なく七・三の前髪を整えた。
いつの間にか脇にはボタンが縫い付けられた上着が置いてある。
「お待たせ~」
楽しげにケンジは小さなお皿にチョコを2粒乗せて戻ってきた。
「はい、これしかないんだけど洋平ちゃんも、これ食べて」
洋平は言われるがままチョコを1粒口に運んだ。キャラメルクリームのような味が口の中に広がる。
「随分疲れちゃったみたいね~。アタシもだけど」
「まったくだ。君のおかげでぐったりだ。
……家内は10日前に書き置きを残して出ていってしまった。
私は家内に何不自由させることなく、働かせることもなく、稼いで来た。私が私のお金を使って何が悪い?ゴルフクラブを相談なく買ったくらいで、家内は怒って出ていってしまった。訳わからんよ。」
洋平は額の汗をハンドタオルで拭った。
いつも妻の芳江がアイロンしてくれていたハンカチは全部使ってしまい、今朝洗面所でやっと見つけたのが、このハンドタオルだった。
ケンジはハ~っと首を振ると、
「10日前って何の日だった?」
「?」
洋平は考えて、ハッと気づいた。
10日前は妻、芳江の誕生日であった。
「洋平ちゃん、奧さんが専業主婦になりたい!なんて一回も言ったことないんじゃないの?本当はフラワーアレンジメントの仕事、続けたかったんじゃないの?」
「あんな仕事、趣味の延長みたいなものだ。」
「ほら、それよ!それ!」
「ん?」
「その、人がしていることを小バカにするような物言い。
洋平ちゃん、奧さんに最後にありがとうって伝えたの、いつか覚えている?」
「ありがとう…か」
必死で思い出してみたが…洋平は思い出せなかった。
「自分はプライドが高くて、頑固で、ありがとうも言えない。ずっと支えてきてくれた奥さんに一回もありがとうを伝えた事がないなんて、男の恥だわよ。
おまけに奥さんの大切な誕生日を忘れて、自分のゴルフクラブだけ買って来ちゃって。」
「洋平ちゃん、今すごく大切な時期よ、分かっているの?
あなたにできることは1つしかない。今までのイヤミっぽい、頑固でプライドが高い物言い、考え方を一掃しないと、救いはないわよ。奥さんは召し使いじゃないんだから。奥さんの話を聞いてあげたりしたことあるの?」
洋平はうなだれた。返す言葉がなかった。
ハンドタオルで吹き出る汗を拭った。
「このままだったら、奥さんは絶対に帰って来ないだろうから、洋平ちゃんはここ数年の間に自分に降りかかってくるかも知れない病気と共存しながら生きて行くことになるわよ。」
洋平はごくりと唾を飲み込んだ。目が真剣だ。
「それがイヤだったら、まず奥さんに謝罪よ。土下座してでも!それに尽きるわよ。感謝の気持ちが足りなかったこと、いろいろ押し付けてしまっていたこと。
そして、奥さんの愛情にあぐらをかいていたこと!それらすべてに反省よ!」
ケンジの気迫に押されながら洋平は
「まだ、間に合うだろうか…」
と力なく呟いた。
「間に合うか、間に合わないかなんて、やってみないと分からないでしょ!今までの分を100倍返しで感謝しないとね!
子供も欲しかったのに自分を責めてきた。本当は洋平ちゃんの種が少し少なかっただけなのに」
「えっ!」
と洋平は白眼を剥いた。自分のせいだったのか…?
薄々は気付いていたが、洋平はそれすらも妻のせいにしていた。他に方法もあったかも知れないのに…。
洋平はこうべを垂れた。
奥からシャワーを浴びて、髭も剃ってすっきりしたタケシが現れた。洋平を見て
「奥さんにユリじゃなくて、バラ100本でも送ってあげたらどうですか?今までの償いとして。」
「え?芳江はユリが好きな筈だが」
横からケンジが
「洋平ちゃんに合わせてくれていたのよ。洋平ちゃんが決めつけて思い込んでいたから、言えなかったのよ。何だか健気じゃない?」
「あ、あと奥さん『スラムダンク』よりも『バガボンド』の方が好きみたいですよ。」
と言ってタケシは微笑んだ。
「はぁ~、私は芳江のこと、何も知らなかったし、気付いてもいなかった。私は何を見てきたんだ…」
洋平は頭を抱え込んだ。
「洋平ちゃん、習慣を変えることは容易な事じゃないわ。でも心底思ったらできる筈!変わる自分を恥ずかしいなんて思っちゃダメよ。今までの洋平ちゃんの方がよっぽど恥ずかしい生き方をしていたんだから」
「今から、洋平ちゃんの”ウゥン”咳払いを直すヒーリングするから。洋平ちゃんが毒を吐き散らしていたもの、その膿がそこに溜まっているの。」
そういうと、ケンジは洋平を横にならせて喉に手を充てた。

1時間程経っただろうか。
チベタンベルのチーンという音で洋平は目を覚ました。頭と喉はとっても軽くなったが、胸がズーンと重い。
(傷心…いや、良心の呵責だろうか…)
洋平は今まで味わった事がない感情に衝撃を受けた。胸がヒリヒリと痛い。芳江に対して申し訳ない気持ちが溢れ出てくる。
洋平は起き上がり、いつの間にかテーブルに置いてあった眼鏡を取り、掛けた。
「洋平ちゃん、終わったわよ。そろそろ閉店だから、お会計良いかしら?一回だけだったけど、洋平ちゃん、すごくオーラが曇っていたから時間かかったの。悪いけど、延長代と合わせてこれね!」
とウィンクしてレシートを渡した。
金額を見てギョッとした洋平だったが、頷き
「カードでもいいかな?」
と聞いた。
「もちろん!」
というとカードを受け取り、ケンジは奥に跳び跳ねるように消えて言った。
本棚の整理をしていたタケシが
「俺たちの母親、オヤジより先に亡くなっちゃって。オヤジも後悔先たたずだったんですよ。ケンジ、洋平さんにオヤジみたいな失敗、してほしくなかったんじゃないかな。」
と言った。
「はぁ~、私は何だか自分が積み上げて来た、この何十年の重みがズシンと胸に来ているようだよ。」
「良い傾向です。自分がしてきた重みを今、心が感じているんです。今、気づいた!今、目覚めた!って感じですよ。ケンジもあんな風に言ってますけど、同時に奥さんにもエネルギー送ってるんです。その分高くついちゃったけど」
と笑った。
タケシがレシート持って出てきた。
サインを洋平からもらいながら
「はい、洋平ちゃん、これお土産。
素直になる、優しくなる、感謝の気持ちを忘れない。最強トリオのお茶よ。毎日三杯は飲んでよ。
それから、奥さんに今まで出来なかった分、尽くして、褒め称えて、感謝よ!
それでもどうしてもダメだったら又、いらっしゃい。」
と言ってウィンクした。
「ケンジ君、タケシ君、世話になったね」
上着を受け取り、着かけた洋平はまじまじと上着の内側を見た。目を疑った。
よくよく見ると、名前の刺繍の横に黄色の糸でスマイルマークが刺繍してある。
「いつの間に…」
だが、洋平は今度は怒らなかった。
代わりに
「ありがとう」
と言って微笑んだ。
「あら!洋平ちゃん、言えるじゃない!」
とケンジは自分の両ほっぺたに手をやった。
「怒りそう、偉そうなことを言いそうになったら、そのスマイルマーク見て思い出して」
洋平は眼鏡を直し、振り返り再び微笑むと外に出た。
いつの間にか夜は更け夜10:30をまわっていた。
(帰ったらまず芳江に電話しよう。義父は代わってくれるだろうか?いや、とにかくまず、感謝を忘れていた事を詫びなければ!)
前髪がすべり下りている事にも気付かず、急ぎ足で洋平は帰路に向かった。
その顔は5時間前に店に来た時とは別人のようだった

07 モエの買い物 <2015.7.20掲載>

鼻歌を唄いながらパタパタと置物をはたいていたケンジはパッとその手を止めると店の扉を振り返って見た。
「ん?気のせい?」
ケンジは再び作業に戻ると、鼻歌を唄い始めたが
「カラス?」
と発したのと同時に、店の扉が開いた。
そこには真夏だというのに、まっ黒ずくめの髪の長い女が一人立っていた。
ケンジは一瞬ふと険しい表情を見せたが、すぐに笑顔に戻し、何でもない様子で
「いらっしゃ~い」
と言った。
黒ずくめの女は黒のニット帽を少し上げ、店内をゆっくりと見回した。目つきが悪い 。ケンジは
「 あんまり見ない顔だけど、ご近所さんかしら?」
と言うと、奥の間に向かって
「タケシ~、お客様だから コーヒーを持ってきて~」
と叫んだ。
奥の間にいたタケシは、 すぐさまコーヒーという言葉に反応した。
コーヒーという言葉はふたりの暗号だった。二人はコーヒーをこよなく愛していたが 店で出すことはなかった。
女はゆっくりと店内に進んだ。 そしてニット帽を勿体ぶったように取ると、フーッと深い呼吸をした。美しい顔をしていたが顔色がやけに悪い。異常に土気色をしていた。 目がくぼんでいる 。女は乾いた目でケンジを見た。
「 あんた 死神にとり憑かれちゃってるわね」
ケンジはそう言うと呪文を唱え始めた。
女は唸るような低い声で
「やめろ~!!!」
と言い、店の出口に向かって走って行こうとしたが、 一足先に ピッチャーを持って来たタケシが扉の前に立ち、ケンジと合わせて呪文を唱え始めた。
「 やめろ!って言ってんだろうが!」
と女は言うと黒のシャツをまくりあげた。女の体から黒い煙が広がり、それはすぐにカラスの姿に変わった。ケンジやタケシ、店の中の展示品、置物、すべてにめがけて飛んできた。ショーケースをなぎ倒し、置物を破壊した。
「カー、カー、」
「カー、カー、」
「タケシ、早く水!」
タケシはカラスにつつかれながらも、ピッチャーを女に向けてぶっかけた。カラスは 瞬時に黒い煙となって消えていった。
女は
「ぎゃあ~、何をかけた~!」
と言うとしゃがみこんだ。
「死神撃退ウォーターよ。あんた ここにくるなんて100年は早いわよ。さあ遊びはここまで!」
と言うと
「 汝、女を解放せよ!光の騎士団、死神よりこの女を解放したまえ!」
と2本の指で女を指差し叫んだ。
「ギャア~!」
と言いながら女は髪をかき回し、ひっくり返ってそのまま倒れた。
「 死神、あんたがいる場所はここじゃないのよ 。お帰りなさい!アンタだってどうにもならなくてここに来たんでしょ。もうこの子に悪さしないで!」
すると女の体から黒い煙が出てきて、するすると扉の方から消えていった。
「タケシ、死神封印する前に逃げちゃったけど、大丈夫?」
「あの水、強力だから大丈夫。次、人間にとり憑くまでには10年以上必要だろう。その間に人間に更に強くなってもらって、死神にとり憑かれないようになってもらおうぜ。
しかし、派手にやっちまったな。」
「ホントよ、もう~。これって保険効くわけ?今日は店開けられないわね~。」
タケシは気を失った女の方に近付き、そのまま女を持ち上げソファーの上に寝かせた。
二人でその顔を覗きこむ。
「ちょっと、智恵に似てない?この女~」
「え、う~ん、そうか~」
と言いながらもタケシの目は女の顔に釘付けだった。
さっきより血の気が戻って来ていた。
「さぁ、タケシ、早くバッサリ切らないと!」
「ん、あ、そうだな」
ケンジはオオバサミをタケシに渡した。
「俺か?」
「刃物の扱いは、あたしよりあんたの方が上手でしょ!」
「・・・分かったよ」
と言うと意を決して、女の長い髪を掴んだ。黒光りした髪はとても不気味だった。
タケシはザクザクザクと女の髪を思い切り短く切った。床に真っ黒な髪が広がっていく。
切っている間、タケシは智恵の事を思い出していた。結婚式当日、タケシを裏切った婚約者。

「ちょっとタケシ~、又同じような顔の女に騙されないでよ!」
ケンジはそう言いながら、割れた陶器などをチリトリとホウキで片付け始めた。
「そんな事あるわけないだろ!」
と言いながら、智恵の思い出を振り切るように
「いかん、いかん」
と呟いて頭を振った。(もう、とっくに終わった事だ。やっと振り切ったんだから)
そう、自分に言い聞かせながらも、片付けている目線の先にはいつも女がいた。
眉毛が太く濃く、目を閉じていても長い睫毛がビッシリと生えているのが分かる。
鼻筋が通っていて、唇はきりっと閉まっている。どことなくネイティブインディアンのような顔をしている女は、やはり智恵によく似ていた。
「それにしても、ひどい髪型にしちゃったなぁ」
ボリボリと頭を掻くタケシ。女の髪型はぼさぼさのショートカットになっていた。
「しかしさぁ~、タケシ~、死神にご対面なんて久し振りじゃない?」
ケンジがバケツと雑巾を持って拭き掃除をしながら物思いにふけるタケシに話し掛けてきた。
「あぁ、本当だな。あの水があんなに役に立つなんて、びっくりしたよ」
「あれ、山に籠ってた時に作った水でしょ?」
「あぁ」
「あれ、高く売れるんじゃないかしら?死神撃退水なんて、他にないもの。もし高く売れたら、久しぶりにエステのクレオパトラコース受けたいのよ~」
「ケンジ、お前さぁ~、そういう女子な部分ばかり磨くんじゃなくて」
「良いじゃないのよ!まだ嫁入り前なんだから!」
「う、う・・・ん」
と声がして二人で女の方を振り返ると、ゆっくりと女が目を開けた。
目を開けると更に智恵に似ていて、タケシはたじろいだ。(智恵なのか・・・?)そう思い始めた時
「ここ、どこ?」
とハスキーボイスの声で女が初めて言葉を発した。
その声はソプラノボイスだった智恵とは似ても似つかなかった。
ガッカリしながらも、どこかでホッとしたタケシがいた。
「あんたね~、死神にとり憑かれていたんだから。ここで大暴れして大変だったのよ!」
とケンジは大袈裟に手を広げて店内を見渡しながら言った。
女は顔を少し動かし店内を見渡すと
「えっ!」
女は絶句して次の言葉が見つからなかった。
「解毒茶持って来てあげるから、待ってて。」
そういうと奥に引っ込んで行った。
タケシは女に近づくと、
「髪………ごめん。死神にとり憑かれると、負のエネルギーが髪に一番残るんだ。君の髪、長くて凄いたくさんの霊にとり憑かれていたから、切るしかなかった・・・」
「髪なんて、またすぐ伸びるから。それより私、とんでもなく迷惑かけちゃったみたいで、感謝しなくちゃね・・・ただ、何にも覚えてなくて・・・」
タケシは片付けの手を止めないまま
「死神に憑かれちゃった人は皆、その間の記憶がなくなるんだよ。
君も例外じゃない。だけど、とり憑かれたまま死ぬ人もいるから、君はラッキーだったんだよ。」
女はゆっくりと体を起こしたが、頭がボーッとしているのか、ボンヤリと店内を見回していた。
「おまた~。はい、この解毒茶は『死神玉砕』って名前よ。ククッと飲んで」
女は言われるがままククッと飲んだ。
「ウッ」
と言うと女は口元を押さえた。
「効果てきめん!」
タケシはすかさず近くにあった空のバケツを女の足元に置いた。
「ウ、オェ~」
女はかれこれ1時間近く墨のような黒い水を吐き続けた。
ケンジは
「キツイだろうけど、体の中に残っている死神の名残を根こそぎ出して!」
と励ましながら、背中をさすり続けた。傍らでタケシは一杯になったバケツを新しいバケツに変える作業をしていた。
「ハ~」
ようやく女が顔を上げた。
髪や顔は汗でベットリとしていたが、目はキラキラしていた。
「ごめん・・・いろいろと・・・なんてお礼を言ったらいいのやら・・・」
「そんなこと言う前に、今度はこれ飲んで!脱水症状になっちゃうから」
ケンジは先程タケシが持って来たメガジョッキサイズのハーブティーを女の口元に持って行った。
「ライトボディーっていうの」
女は一瞬、又吐いてしまうんじゃないかと不安に感じながらも一口、口に含むと、
「あ~、美味しい。体中に染み渡る・・・」
ゆっくりと、一杯飲み干した。
「おかわり、もらえる?」
「もちろんよ。ここまでよく頑張ったわね。あたし達も。ここまで来るのに、どんだけ時間かかったか~」
ケンジはタケシの方を見てお互いに頷いた。
「これはタケシオリジナル。形は不格好たけど美味しいのよ。少し体力も付けなくちゃね」
差し出されたクッキーを女は受けとるとモグモグと時間をかけて食べた。
「あ~、美味しい~。なんか懐かしい味がする」
「あんた、名前は?」
「私はモエ・・・」
「モエ?名前まで似ているとは~」
ヒュ~、とケンジは口笛を吹いてタケシを見た。
「あたしはケンジ。イケメンでイケメン好きなゲイよ。今、恋人募集中だけど。ウフフ…。あちらはタケシ。あたしより顔は少し劣るけど、イケメンで良い奴でしょ?
あちらはノンケだけど。」
「あはは、顔そっくりなのに一人はゲイで、一人はそうじゃないんだ。」
「ちょっと!モエ~言ってくれるじゃないの~。でもまぁ、少し元気になった証拠だわね。ひどい髪型だけど。フフフ…思い出せる範囲で良いから、何があったか話してみて」
「えぇ。」
「モエ、歳は?」
「確か、あれ?いくつだっけ…」
「35?って数字が出てきてるけど」
「35歳…そうだった気がする…」
タケシがゆっくりと歩いて来て、モエの正面に座った。
「記憶はいつからないの?」
「30歳位からかな…。なんでこんなに記憶がまばらなんだろう…」
モエはジョッキグラスを両手で挟み、目を閉じた。
「20歳の時に付き合った人が交通事故で死んじゃって、二人目は自殺。三人目は結婚
まで考えていたのに、病死。私も死にたくなる位、辛かった。思い返してみたら、父親も私が小さい時に不慮の事故で亡くなっていて、、、それで私、気付いちゃったの…」
「モエと付き合う人、モエの 身近にいる男の人は死んじゃうんだって?!」
とケンジは言った。
ゴクリとタケシが唾を飲み込んだ。
「それでモエ、どうしたの?」
「看護師やってたんだけど、亡くなった人が霊になってみんな私に話し掛けて来て、眠れなくなっちゃって睡眠薬飲みすぎたりして、退職して、それから何をしてたんだろう?」
「モエ、あなたは死神に愛されちゃって、心も体もコントロールされちゃっていたのね。だからモエの周りにいた素敵な男性たちは死神の嫉妬にあい、あっちの世界に逝っちゃったわけ。」
「やっぱり私のせい…」
「モエっていうより、死神のせいね。でも、その死神に愛されてしまった運命はモエのカルマみたいなものだったのよ。」
「私、遊び半分でタロットや水晶占いやっていたんだ。今、思い出したけど。」
「ボンドタイムにそういう事をやってしまうと、死神や負の連鎖にダイレクトに繋がってしまう事があるのよ。死神に憑かれてた時間が長くて人 間生活の時代ところどころ忘れちゃったのね~。」
「もう少しクッキー食べたら?腹に 何も入ってないだろ?」
差し出されたクッキーの皿に手を伸ばし、モエは両手にクッキーを持った。そして美味しいそうに食べた。
「 これ何が入ってるの?本当に美味しい」
「カカオとかクルミとか、キヌアとかだけど」
横からケンジが
「ホント~、モエの口にあって良かったわよ。凄い久しぶりにタケシが今朝焼いたの。それ『100年の恋』って名前なの。ステキでしょ?」
「『100年の恋』…」
モエは真っ直ぐな視線をタケシに向けた。
タケシはその視線にたえきれず席を立った。
「 私ここに来た時は…」
「モエは 20歳ぐらいの時から時からロウアーセルフと繋がり易い環境にいた。 病院というところも色々な霊が行き交ってるしね。そして約5年位前からガッツリと死神に愛されちゃって、モエ、 あなた自身の記憶まで吸われちゃったの。でも、モエの守護霊がここまで導いて来たのね。 数時間前、この店に飛び込んで来た時、モエ、あんた本当にすごい形相だったのよ。写真撮っておけばよかったわ~」
「そんな余裕なかったくせに」
と横でタケシが笑った。
「死神ってどんな感じ?私はどうやってここまで来たのかしら?どうやって死神を退治してくれたの?」
「ちょっと待って!聞きたいこと、たくさんあるだろうけど、こちらがもう限界。モエが回復したからぶっちゃけ言うけど、数週間?お風呂入ってないのと、さっきのゲロでひどい臭い!鼻が曲がっちゃいそうよ!お風呂入っていらっしゃい!今、準備するから」
タケシはそういうと奥に引っ込んだ。
モエは初めて恥ずかしそうな顔を浮かべ、自分の着ている衣類の匂いを嗅いだ。
「ウッ、臭い!!」
ちょっと離れた場所からその様子をタケシは見ていた。(なんでこんなにも智恵に似ているんだ)
じっと見られている事に気付き、モエは
「ごめん!本当にごめんなさい、臭かったよね・・・死神連れて来ちゃって、お店、ひっちゃかめっちゃかにして、ゲロ沢山吐いて・・・悪臭放って、もう私の存在自身が死神みたいに」
「やめろよ!そういう言い方は好きじゃない。風呂場あっちだから。もうそろそろ準備出来てると思うから。」
そう言うと、タケシはモエに背を向けて片付けを再開した。
「モエ~」
と奥の間から呼ばれ
「は~い。お邪魔します~」
と言ってモエは履き物を脱いだ。靴下が真っ黒で汚かった。
木のぬくもりを感じる暖かいリビングが広がっている。
ドリームキャッチャ―がたくさん窓際に飾られていて、 小さな中庭には たくさんのハーブがところ狭しと植えられていた。
「モエ、こっちよ~」
とケンジが離れたドアから顔を出した。
モエが近づくと
「これ、着替え。前に女の下着を付けて欲しいって言われたんだけど、エッチする前に別れちゃったから1回も付けてないから、モエにあげるわ。Cカップだから、ボインのモエには小さいかもだけど。」
モエは笑って花柄の美しい下着セットとティシャツと短パンを受けとると、
「いろいろありがとう。なんてお礼を言ったらいいのやら・・・本当にありがとう。」
「お礼はたっぷりもらうから、ウフフ。まぁ冗談だけど。浄化風呂、ゆっくり入るのよ。頭からすっぽりね!」
「うん、」
行きかけたケンジに、
「私ってそんなに智恵って人に似てるの?」
「え、モエ、わかったの?うん、信じられない位、そっくりよ。私達一卵性だけど、それ以上に似ているかも。」
そう言い残し、ケンジは店の方に向かって行った。

「モエの事、あたし達知ってるわね。」
「あぁ、確かに知ってる。モエも俺達の事、知っているだろう?」
「あの子、そんなに智恵に似ているのか?って聞いてきたわよ。」
「テレパスか?まぁ、あんな死神に気に入られたのに、死なずにここまで来られたのは、モエもそうとう強い守護があるってことだろう。」
「しかし、まぁ~、幸か不幸か、タケシにとっちゃテストのような女に出会っちゃったわね~」
「モエは智恵じゃないし、それに関係ね~よ」
タケシはそういうと、床に束となっていたモエの髪の毛を拾った。
その髪はドシンと重く、闇のように暗い色をしていた。
智恵と似ている髪の毛の柔らかさに少し戸惑いながら、タケシはその束を暖炉に入れ、周りの巻きに火を点けた。

08 美和子ー28歳の買い物 <2015.8.23掲載>

「こんにちは~」
美和子はワクワクと心地よい緊張の手つきで店に入って行った。
店内はいつものように静かで、相変わらず不思議な雰囲気が漂っていた。
セージの煙がモクモクと漂っていた。
「ケンジさん~?」
奥の間に向かって美和子は再度声をかけた。
「あら~?美和ちゃん?ちょっと待ってて~」
奥からケンジの声が聞こえ、バタバタと音がした後バスローブを着たケンジが出てきた。

「美和ちゃん、久しぶりね!今日あんまり暇だったから今脱毛中だったの。もうちょっと待っててね」
「あ、ケンジさん、これお土産のタルトです。」
「まあ、キルフェの?ありがと~」
ケンジは受け取ると飛び跳ねるように奥の間に消えた。
美和子は微笑みながらソファーに腰かけた。
ここに来るのは三度目になる。目を閉じて深呼吸をした。
山川の事を相談したくてここに足を運んでから数か月が経った。
最初にケンジから出た宿題は”確認”と”自分を信じる”だった。
美和子は繰り返し自問自答し、そして二回目の宿題、”勇気を持って選択”することをしてきた。
美和子は自分の気持ちを確認して、そして自分を信じて山川と一緒になる、と言う選択をした。
その報告と三回目の宿題を聞きに来たのだ。
「お待たせ~、美和ちゃん」
奥の間からケンジがトレーにハーブティーとタルトを乗せて来た。
「美和ちゃんアタシの大好物の桃のタルト買ってきてくれたのね!もう今日は大サービスしちゃう!」
タルトの皿を美和子に渡して、ケンジは自分の分を大口を開けて一口食べた。
「ああ~おいしい~、サイコ~。」
ケンジは目を細めながら美和子を見た。
「美和ちゃん、何だか今日はキラキラしているじゃない。何か良い事あった?」
「ケンジさん、私、自分を信じて、山川さんを信じて、山川さんが離婚するのを待つことにしました!」
「そう~。良かったわね~」
「はい!」
「って言ってあげたいのはヤマヤマなんだけど、少しだけアタシの話を聞いて」
「・・・はい」
美和子は皿をテーブルに置き、まっすぐにケンジを見つめた。
「美和ちゃんと達ちゃんはカルマがあって、それを清算するために今世で出会ったって言ったわよね?」
「はい」
「魂の成長の学びは人それぞれで、お互いにサポートしたり刺激し合ったりしながらいろいろなテーマをクリアしているわけ。美和ちゃんと達ちゃんが抱えていたカルマは、すごく解消されてきているのよ。でも、達ちゃんと奥さんのカルマはまだあまり解消されていないのよ。」
「え・・・?どういうことですか・・・?」
「達ちゃんと美和ちゃんが一緒になると決めて、それに向かって意識を向けることは悪い事ではないわ。ただそれとは別に達ちゃんは奥さんとのカルマの解消をしなくちゃいけないの。」
「。。。。。」
「奥さんときちんと向き合っていくことが。達也は今、第三の目がすごくクリアになりつつあるの。真実を見極める目を持ち始めている。今まですごく傷ついていたから、エネルギー容量マイナスゼロ位だったけど、美和ちゃんと出会ってすごく癒されているのよ。でもだからってバッサリと奥さんと子供を捨てて美和ちゃんと一緒になる!っていうタイプじゃないだろうし、美和ちゃんだってそんな人いやでしょ?仮にそんな形で一緒になったとしても、幸せにはならずに却って新たなカルマが生まれるわ。」
「。。。。。」
「美和ちゃんと達也が深い絆で結ばれているのは確か。そして、達也の奥さんが達ちゃんを労わったり、愛していないのも確か。美和ちゃんは達ちゃんの魂が成長して、奥さんとのことをクリアしてカルマの解消をしていくのを辛抱強く見守って待つ気持ちはあるの?」
美和は気持ちがズンと重くなった。山川と出会って3年。幸せばかりではなく、苦しみも多かった。一緒になる!と決めて今日ここに来たはずなのに、美和は山川と一緒になれる日が果てしなく遠くに感じた。
「どうして、私たちこんなタイミングで出会ってしまったんだろう。。。」
それは山川の口癖でもあった。
ケンジは優しくなだめるように美和子の肩を抱くと
「美和ちゃん、人間は迷い、選択し、時には失敗し、でもそこから学んでいくことができる生き物よ。迷わない人なんて本当はいないと言ってもいいくらい。どんな選択をしても迷うのが人間なわけ。よく映画で何も感じない殺人マシーンみたいになっちゃっている奴とかいるじゃない?そういう奴は自分を押し殺し自分の人格にフタをしているの。何かを感じたり、何かを思ったら人間は必ず迷うから。迷わないように先手を打っているわけ。
話がそれちゃったけど、なんであなた達がこのタイミングで出会ったか?それは、それぞれに異なるテーマを持ちながらも一緒になろうと決めてきているからよ。美和ちゃんと達ちゃんのテーマは”信頼”。何があっても信じぬくこと。お互いに過去世に於いて信じきれなかったから、一緒になれなかった時代がいくつもある。
例えば戦争中に郊外に避難しようと汽車のホームで待ち合わせをしたときに、片方が遅れて待っていた方が結局、信じ切れずに動いてしまって、その後二度と再会出来なかったの。二人ともその人生が終わるまで後悔していた・・・みたいな行き違いね」
「そういう風に私たちはいつ出会っても一緒になれないんですか・・・?」
「さっきいったでしょ?二人のテーマは信頼。何があっても信じぬくこと。それが出来たときは、もう二度と同じテーマはやってこないわ。」
「はあ~。何だか。。。何ていうか。。。気持ちが沈んだり浮いたりします。。。」
「でも逆に言うと、そういうテーマをお互いに持てる相手と出会えたということは、ある意味すごい奇跡よ。こんなに世界中の人口がいる中で!出会えない人だって多いんだから。」
「は~そうですよね・・・」
美和子は無意識のうちにタルトにパクついていた。味わうこともなくぼんやりと。
「美和ちゃん!ほら、ちゃんと味わって食べなさいよ。フルーツやパティシエにも感謝しながらね」
「あ、はい。。。あ、タケシさんの分も買ってきたんですけど、今日はお出かけですか?」
「タケシは最近不思議な出会いがあって、ちょっと忙しくしているの。」
「そうなんだ。。。」
美和子はそれ以上聞こうとはせず、ぼんやりとタルトを食べ終えた。
「さあ、タルト食べ終えたところで、ハートのチャクラ、少し元気ないからヒーリングするわよ。」
「はい!お願いします!」
美和子はそそくさと横になった。
ケンジはオイルを数滴手のひらに落とし、こすりあわせると、美和子の脇にしゃがみ、左手を頭頂に右手を胸のあたりにかざした。
「ケンジさん、私。。。私どうしたらいいんだろう。。。何を聞いても私は山川さんと一緒になりたいと思ってはいるけど。。。」
「だったら貫けばいいわよ。ただずっと達也にフォーカスしていると、気が滅入っちゃうだろうから、ちゃんと視野は広げて。他の人とデートをするとか。美和ちゃんはシングルなんだから、それは謳歌しなくちゃね。」
「え、でも山川さんがいるから」
「達ちゃんがいると言ったって、あちらはまだ既婚者。達也もそんなに美和ちゃんが心配だったら3年も放っておかないで、さっさと奥さんとのテーマをクリアしなくちゃね。」
「ケンジさん、山川さんと奥さんのテーマって。。。」
「ごめんね、美和ちゃん、それは個人情報だからマル秘よ」
「あ、はい、すみません。。。」
「あ~、美和ちゃんは本当にその年の割に純粋よね~。達ちゃんもだからこそ惹かれたんだろうけど。
そんな美和ちゃんにキツイけどもう一つ伝えないといけないことがあるわ。」
美和子はぱっと目を見開き起き上がった。
ごくりと唾をのみこむと
「ケンジさん。。。なんですか?。。。」
「達ちゃんと美和ちゃんの関係に於いて今世では”出産”や”育児”と言うことは含まれていないの。」
「え?どういうこと・・・?!」
「つまり二人が一緒になっても子供はそこには存在しないということ」
「え?どうして・・・?」
「達ちゃん、自分でも自覚しているけど、子供ができない体質なの。あんなに良い男なのにね・・・。
達也に子供ができたなんて奇跡のような話よ。でもこれから先、仮に美和ちゃんと一緒にならなくても、彼はもう子供ができない。達ちゃんには美和子に伝えてくださいって言われたから伝えているけど。達ちゃんも薄々とは感じていたみたい。この前の退行催眠でそういう情報が出てきて、達也本人も確信したのよ。
酷な話だけど、美和ちゃんが出産や育児を望んでいるなら。。。まあ、女に生まれたら当然望むと思うけど、それは達ちゃんとは望めないわ。達也はそれをすごく気にしている」
美和子の目じりから涙がこぼれた。
「じゃあ、山川さんとの子供は持てないし、山川さんも父親でいられるのは、今の子供と一緒にいない限り無理と言うこと。。?
神様は意地悪だ。。。」
「今日は美和ちゃんの心をかき乱すようなことが一杯来ちゃっているわね。ハートのエネルギーのたまりも悪いわ。」
タオルで涙を拭き、鼻をかむ美和子。
「美和ちゃん、最後の宿題よ。今日感じたことを踏まえて、自分がどうしたいか?きっぱり達也と別れて違う人と結婚して子供を生み、育てる。その人が達也の事を忘れさせてくれるかも知れないし、もしかして一生達也を忘れられないかも知れない。
達ちゃんを信じて待つのも一つの選択。二人なら子供こそ持てないけど、幸せな人生を送れるわ。達也の愛も本物だしね。まあ、子供がほしい、と思ってしまう時が波のように訪れるかも知れないけど。
なんて、迷わすことを言っちゃってるけど。」
「ホントだ~、ケンジさん。もう私どうしていいのやら・・・」
「時間はたっぷりあるから、ゆっくり考えて答えを出して。自分が出した答えなら、誰も責めない。自分で責任が取れる。自分を動かし、運命の舵取りをするのよ。自分らしい生き方をチョイスできるのは美和ちゃんしかいないんだから。」
「わかりました。ケンジさん。ゆっくり考えてみます。」
ケンジはハイ、っと言って、美和子の手のひらにキャンディーの袋を乗っけた。
「美和ちゃん、お土産。”迷路の答え”っていう名前のキャンディーよ。迷いが晴れてすっきりして、進むべき道がわかるわ。
大丈夫よ!美和ちゃん、あなたは幸せになる女子なんだから!」
「ありがとう、ケンジさん!」
そう言って美和子は自らケンジにハグをし、深く頭を下げ出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、
「そう。みんな、みんな、幸せにならなくちゃね!」
と念じるようにケンジは呟いた。

09 何でも屋ケンジ 裕美 45歳の買い物 <2015.10.20掲載>

裕美は店の前でかれこれ10分近くうろちょろしていた。心が落ち着かず、下を向いたまま(やっぱり帰ろう)とくるりと扉に背を向けると、
「いらっしゃあ~い」
と甘ったるい声のイケメン男性が出てきた。
「あ、あ、あ・・・」
「アタシ、ケンジって言うの。あなたの名前は?」
「坂下です・・・」
「さっきから店の前で迷っていたでしょ?入るの」
「すみません、ちょっと用を思い出したので・・・」
そう言うと、裕美は踵を返して駅に小走りで向かった。
「やれやれ、シャイなんだから」
そういうとケンジは店に戻り、キッチンでお湯を沸かし始めた。
「タケシ~まだお風呂に浸かっているの~?ゆでだこになるわよ~」
ケンジはお風呂場に向かって叫びながら、ハーブティー用のグラスを2つ用意した。
鼻歌を歌いながら、クッキーをお皿に並べていると、
「いや~、オレすっかり風呂で寝てたわ。」
と半分ゆでだこ顔のタケシがキッチンに入って来た。
「ほら、言ったじゃない。もう1時間以上入ってたんだから。やっとこ引きこもりが直ったと思ったら、今度は朝風呂で冬眠なんて勘弁してよ~」
「わりいわりい、今日ちゃんと午後打ち合わせに行ってくるから。あれ?お客さん?」
ハーブティーのグラスを見てタケシは尋ねた。
「うん。今から来るわ」
そう言ったと同時に店の扉が開き、
「ごめんください・・・」
と自信なさげな声が広がった。
「は~い。ちょっと待って。今行くから~」
ケンジはハーブティーをトレーに乗せると、店に出た。
「改めて、いらっしゃい。坂下さんだったわよね?下の名前は?」
「はい。坂下 裕美です。あの・・・先ほどは・・・」
「もう堅苦しい挨拶は良いわよ、ロミロミね。裕美だから。」
「あ、はぁ・・・」
「入り口で入るの迷う人結構多いのよ。入ったらこんなにイケメンのゲイが待っているって言うのにね~」
「あ、はい」
「ちょっと~、ロミロミは真面目ね~。今笑う場面!」
「あ、はい」
「まあいいわ。ハーブティーでも飲んで。お話でもしましょ」
と裕美を座らせ、前にカップを置いた。
裕美は俯いたまま黙っていた。
「ロミロミ。自分をあんまり責めちゃだめよ」
店内に優しい波の音のB.G.Mがかかっている。
少しずつ裕美はリラックスしてきた。
「私は。。。ひどい母親なんです・・・」
「どういうこと?」
「娘が二人いるのですが、上の子しか愛せないんです。。。」
「娘さんっていくつなの?」
「15歳と12歳です。」
「話せる範囲で良いから話してみて。その前に3回一緒に深呼吸するわよ。今、ロミロミの体、酸素不足位、呼吸が足りてないから」
裕美はゆっくりとケンジの呼吸と合わせるように3回深呼吸をした。
「はい、お茶飲んで。自己ヒーリングってお茶よ。ケンジオリジナルだから、格別に効果があるんだから」
裕美はお茶を飲んだ。一つに結んだ髪の毛に何本か白髪が混じっている。
「は~おいしいです。。。」
「でしょ~」
「・・・上の娘が生まれたとき、本当に可愛くて、毎日幸せでした。二人目が生まれたときに、あんなに望んでいた筈なのに、なぜか初めて抱いた時に憎しみを感じてしまったのです。。。」
「上の子、里美と言うんですが、里美は何をしていても可愛くて仕方がないのに、下の子、あずさって言うんですが、あずさを見ていると、例えようのない憎しみが湧いてきて。。。でも、それを本人に気付かせないように努めてきたつもりです。」
「あずさを見ているとどんな感情になるの?憎しみ以外で」
「なんていうか、、、どうしてこの子が自分の子供で生まれて来たんだろう。。。って。。。子は親を選んで生まれてくるというけれど、この子は私に憎まれる為に生まれてきたなんて、考えられません。あずさはいい子なんです。優しくて、私を思いやってくれて。そんなあずさに対して私は憎しみしか持てない。私はあずさの母親でいる資格なんかないんです。。。」
「ロミロミはここになんの買い物に来てくれたと思う?」
「昨日、あずさの誕生日にお祝いをしたのですが、二人になった時に”ママ、私の事愛してないってわかっている。でもここまで育ててくれてありがとう”って言われたんです。私は。。。ひどい母親なんです」
ワーッと言って裕美は泣き出した。
「でもそんな自分を変えたくてここに来たんでしょ?あずさちゃんを愛したいから」
「はい。」
泣きじゃくりながら裕美は頷いた。
「本当にあずさはいい子ね。そしてロミロミ、あなたもずっと苦しんできた。泣いてていいから、聞いてちょうだい」
「人間が生まれ変わるということは知っているわよね?魂は永遠に続くもの。人は何回も生まれ変わる中で、家族や友人とも違う形で生まれ変わるわけ。そんな中、ライバルや敵が近い存在として生まれ変わってくることもあるの」
「え。。。?」
と裕美は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「百聞は一見に如かずね。退行催眠するわよ。」
「え?退行。。。何ですか?」
「ちょっと強引なやり方だけど、時間は大丈夫よね?まだ10時だし。」
「私、何がなんだか…今から何を?」
その言葉を遮るように
「今からパッチテストをして催眠にかかりやすいかチェックするわね。」
ケンジは裕美と向き合い、いくつかのチェックをした。
「O.K。ロミロミ、ラッキーよ。かなりかかりやすいわ。」
「はい、あたしの顔をみて」
ケンジは再度自分の方を向かせると、催眠療法を開始した。
ケンジの誘導瞑想に従い、裕美は深い催眠状態に入って行った。
裕美を幼少期、誕生期まで遡らせ、次第に裕美は転生する前の時代、つまりは過去世の時まで時間を遡らせた。
『足元を見てみて。どんな感じ?』
―紐と皮で出来た履き物を履いてます…何だか毛深い足です……。
『あなたの仕事は?何て呼ばれているの?』
―私は大工をしています…マルコと呼ばれている…
裕美の眼が閉じたまま、右に左に動いた。深い呼吸をしている。
『O,K。マルコは家族は?』
―もうすぐ結婚するフィアンセがいます。モニカ。とっても美しい、私のフィアンセ。
裕美はモニカを眺めているのか、嬉しそうに微笑んでいる。
ケンジの目には、目の前に横たわる裕美は体のがっしりした大工姿のマルコとしての姿に見えていた。
『他に誰か周りにいる?』
―私をじっと見ている奴がいる。同僚のアンドレアだ。悪い奴ではないが、たまに何を考えているのか分からないような視線で私を見ています。
裕美の口調はマルコのそれに変わりつつあった。
―私は仕事も順調で、モニカと一緒に暮らす家を建てるつもりです。
ケンジは暫く、そのまま裕美がマルコの人生を味わっているのを見守っていた。
『じゃあ、次にマルコの人生で起こった出来事まで時を進めて』
裕美は閉じたままの目をぐるぐると左と右に動き始めた。そして、
“ウッ”と苦痛に顔を歪ませた。
―飲み屋の帰りに暗闇で誰かに背後から刺されている。
取り乱す裕美に
『落ち着いて、裕美。あなたは自分の過去世を見ているだけで、それは記憶の1つ。本当のあなたは怪我もしていない。深く深呼吸して、ただ、そこで起きている出来事だけに集中して。』
裕美は少し落ち着きを取り戻したが、細かい呼吸を続けた。
―背中から大量に血が流れている……
『後ろを振り向いて』
―ア、アンドレアがいる。私の返り血を浴びて呆然と立っている。
『アンドレアの目を見て。今現在、あなたの人生の中で同じ目をしている人がいる?』
―ア、アンドレア…あずさ、あずさなの…?
裕美の呼吸が更に激しくなった。
―どうして?どうしてなの?あずさ…。あぁ、段々意識が遠退いて行きます。アンドレアが刺したナイフが心臓まで達していたようです。
『O.K.マルコは死のプロセスを通過するわよ。死とは肉体に於いて旅立つことであって、魂は永遠に不滅よ』
苦痛に顔を―歪めていた裕美の表情が穏やかになって行った。
『マルコはどうしてアンドレアに刺されたと思う?』
―私はアンドレアに対して優越感を感じていたようです。傲慢でした。私の方が容姿にも恵まれていた。仕事も出来てるいると思っていましたが、小さなミスは全てアンドレアが内緒で後始末をやってくれていたようです。アンドレアは何か私に恩義を感じていたようです。それなのに私は自分のことばかり考えていた。美しいモニカと結婚することばかり考えていて、新築の家を建てるために買った土地が、アンドレアが親のために買おうとコツコツとお金を貯めて買おうとしていた土地とも知りながら、そんなこと無視をして横取りしたのです。
そして、、モニカまでも私は奪った。モニカはアンドレアのフィアンセだったのに。
私は未熟でした。刺された後はアンドレアに対して憎しみしか持てなかった。私の幸せな結婚や新しい家や未来全てを奪った男としてしか認識していなかった。生まれ変わったら一生涯憎んでやると、思っていました。私の方が数倍ひどいことをアンドレアにしていたというのに。
裕美の目から涙が流れた。
『沢山の学びがあったわね。意識が戻っても、あなたにとって必要な情報は全て健在意識の中に残っているから』
浄化と癒しのヒーリングを行い、ケンジは裕美を起こした。
「これって…」
「今、新しいハーブティー入れてくるから、そのまま横になって待っていて」
ケンジはトレーにカップを乗せて奥の間に入った。

リビンクでパソコンを打っていたタケシが顔を上げた。
「お疲れ。退行催眠か?随分急だったな。初めての人だったんだろ?」
「急を要したのよ。あ~なんだか切ないわ~」
そう言いながらケンジはチョコクッキーを頬張った。
「なんだかあたし、子供ほしくなっちゃった。あたしは無理なんだから、タケシ、あんたが頑張るのよ。モエとはどうなってるのよ?」
「モエ?どうもなってねえよ!」
とタケシは口ごもった。
「分かりやすい奴なんだから」
と言いながら、トレーに新しいハーブティーを乗せてケンジは店に戻った。

裕美は起き上がってぼんやりとしていた。
「大丈夫?」
「あの、これって…」
「過去世の記憶よ。」
「私はマルコで…」
「そう、ロミロミはマルコでアンドレアがあずさ」
「本当にそんなことってあるんですか?」
「付け足しとして、伝えておくけどアンドレアはマルコを本当に殺すつもりはなかったのよ。マルコがかなり酔っぱらっていて、ナイフに向かって倒れこんだような感じだったの。それでもマルコは死んじゃったから、ちゃんと刑罰は受けたわよ。
刑務所から出てからは結婚もせずに働いてマルコの両親とモニカに仕送りしていたみたいよ。まぁ、モニカは違う人と結婚したけどね。
でもアンドレアは自分自身が許せなかったのよね。今度生まれ変わったら、絶対にマルコのそばにいて尽くすと。例え愛されなかったとしても、って決めてきたわけ。」
「私があずさに対して抱いていた憎しみは、私の過去世の出来事から来ていたのですか?でも、それって実は」
「そう。それって実は逆恨みというか、単に自分の幸せを奪った奴!という憎しみだけで、もっと深い部分はまったく見ていなかったということ。魂年齢で言ったらあずさの方がロミロミより歳上だからね。今回の学びは出来事や感情の表面だけを見るのではなく、その裏側にあることさえも見極める、ということね。」
「あずさに何て言ったらいいでしょうか…」
「そんなのいたってシンプルで良いのよ。ごめんね。ママを許して。あなたをとっても愛してるって。ママの子で生まれて来てくれてありがとうって。」
「はい、伝えます!本当にありがとうございました。」
「良い話のときに申し訳ないんだけど、お会計良いかしら?今日は4回分の料金になっちゃうんだけど。」
「あ、、はい。」
金額を聞いて一瞬ひるんだものの、お札を何枚か出し裕美はお会計を済ませた。
ケンジに促されハーブティーを飲み干した。
「はい、これおみやげね。あずさに」
と言いながら、『I Love You』とハートが沢山書いてあるクッキーの袋を渡した。
「ケンジお手製の愛してる!クッキーよ」
「ありがとうございます!本当に。あずさと一緒に食べます。」
15時近くを指している時計を見ながら、裕美は慌て店から出た。
(あずさに会いたい!謝って愛してると伝えたい!)
興奮気味な裕美は、慢性的な痛みであった背中の痛みがウソのように消えていることにまだ気付いていない。
トレーに空いたグラスを乗っけてキッチンに戻ったケンジは
「あ~タケシ!あたしもそろそろ誰かにI Love you!って言いた~い!
と言いながらチョコクッキーを頬張った。
「ケンジ、ダイエット中じゃなかったか…?」
ギろっと睨むケンジに
「明日からってことで」
と笑いかけた。

10 何でも屋ケンジ タケシとモエ <2015.11.20掲載>

駅前で待ち合わせをしていたが、タケシはソワソワしていた。
ケンジに”リハビリ!リハビリ!”と勧められ、モエと共にモエが昔務めていた病院に行くことになっていた。
モエは死神に憑りつかれている間の記憶が曖昧で、記憶を辿るためにまずは病院を訪ねることにしたのだが、一人で行かせるのは何となく危険と、ケンジとタケシが同時に直感で感じとった。
(だからってよりにもよって智恵にそっくりなモエに俺を同伴させるなんて・・・)
とタケシが頭をボリボリ掻いていたところに
「ごめん、タケシ、待った?」
とハスキーボイスのモエの声が聞こえてきた。
白いブラウスにジーパンをはいている。髪はベリーショートになって、余計にモエの顔のホリの深さを際立たせた。その顔はやはり自分を裏切った智恵にそっくりだった。
モエを食い入るように見つめていたタケシは、ハッと我に返り、
「あ、いや、大丈夫だ」
と横を向いて言った。
「タケシ、いい加減に私の顔を見るのに慣れてくれない?」
「わりい。」
タケシはごくりと唾を飲み込むとモエの方見つめ、その瞳をまっすぐに見た。
モエがふうっと笑った。3か月前に店に飛び込んできたモエとは別人のようだった。
(本当に元気になって良かった)
タケシも思わず微笑み返した。
小さい子供が一人、間に入れる位の距離を取って、二人は並んで歩き出した。
「その後、職探しは?」
「医療関係に何回か面接に行ったけど、見事なくらい全部落ちちゃって。やっぱり5年のブランクって大きいかな・・・」
「そっか」
「でもね、今、前に取っておいたマッサージの資格が生かされて、たまにマッサージの依頼が来るようになったの。
病院には内緒で、副業で少しやっていたんだ」
ぺロっと舌を出すモエ。
タケシは思わず笑った。

「そっちの方がモエらしいかもな」
「うちの方は大丈夫なのか?」
「うん。母は自由気ままに生きてる人だから。でもそろそろイタリア人の彼と一緒に住みたいから、あんたもそろそろ家出て、って言われちゃった」
「お母さん、ストレートなんだな。」
「そうなの。ある意味ぶっ飛んでる。でも彼女の事好きよ。お母さんぽくないけど。」
ホームに電車が入ってきて、タケシは思わずモエの腕を引っ張った。
「危ないぞ」
「あ、ありがと」
二人は電車に乗り込むと、並んで座った。
「モエもデカいな。身長いくつ?」
「172位かな。病院ではジャンボモエって患者さんに呼ばれていたの」
「ジャンボモエか。そりゃいいわ!」
「ひどいタケシ!」
ふざけてタケシを叩こうとするモエ。その様子を前に座っていた年配の女性が微笑ましく見ていて、二人はその視線に気付き恥ずかしくなり、静かになった。
「ねえ、少しタケシの話も聞かせてよ」
「俺の話?」
「智恵さんの話」
「直球だな」
「ごめん」
「もう、いいさ。済んだことだから」
「今でも未練は。。。?」
「さすがにないさ。3年苦しんだけど」
「3年か~ホントに一途だったんだね。。。そういえば私、、、死神に憑りつかれていた時に結婚していたみたいなの」
「え?」
「そんなことあるのかな?この前、失業保険のことやら手続きに行ったときに発覚して、もう腰抜かしそうになっちゃった。思わず、私、死神に憑りつかれていて全く覚えていませんから、取り消してくださいって言おうかと思ったけど、キチガイと思われるだけだから留まったけど。。。全く見ず知らずの人と、記憶のない結婚生活を送っていたなんて。。。」
タケシはモエの話を聞きながら、目を閉じその様子をビジョンで見ていた。
真っ暗な部屋で真っ黒な格好をしているモエは震えながら泣いている。DVの夫はモエを殴った後は必ず飲みに出ていた。
「は~」
深くため息をつきながらタケシは
「結婚生活は何も覚えていないのか?」
「うん。何にも」
「覚えていなくて良い。相手もロクでもない奴だし」
「知らぬ間にバツイチだなんて。。。私前世でよっぽど悪いことして来ちゃったのかな・・・」
タケシは沈むモエの横顔を見ると、ぐっとその腕を引っ張り、閉まる寸前の扉からホームに飛び出た。
「ちょっと!タケシどうしたの?」
「ごめん。モエ、気が変わった。今日は病院じゃなくて公園で森林浴だ」
そう一言だけ言うと、タケシは黙々と歩き出した。
「ちょっと、タケシ!」
そう言いながらモエは小走りするようにタケシの後に付いて行った。
ようやく公園に着いた頃、タケシはやっと口を開いた。
「モエ、なんか腹減らないか?」
「?」
「オレ、なんかぺこぺこ」
モエの返事も聞かずにタケシは売店に行き、ビールや唐揚げやつまみなどを沢山買い込んだ。
「そんなにお腹すいてるの?」
タケシの横に並んで歩きながらモエは尋ねた。二人の距離は前より近い。
タケシは大きな木の下まで来ると、食べ物を置き靴を脱いで裸足になった。
「モエも裸足になったら?気持ちいいぜ」
「うん・・・」
タケシの少なからず自分勝手なスケジュール変更に少し戸惑いながらも、モエも裸足になった。芝生が気持ちいい。
ビールを開け、1本をモエに渡す。
「モエ、乾杯しようぜ」
「うん。何に乾杯したらいいか分からないけど、とりあえずかんぱ~い!」
「あ~肉が食いたい。」
そう言うとタケシは買ってきたアメリカンドックや唐揚げにパクついた。
「タケシって、すごい肉好きなのね」
そう言いながらも、モエも食べっぷりの良いタケシを見ていたら食欲が湧いてきて唐揚げを口に頬張った。
ほんの30分ほどの間に、タケシはビールを2本と唐揚げ、アメリカンドック、焼き鳥、枝豆と焼きそばを平らげた。
「ふ~、食ったくった。」
と言うと
「モエ、少し昼寝してもいいか?」
と言ったと同時にタケシはいびきを掻きはじめた。
「もう~タケシ。自由人なんだから」
タケシの顔を少し睨むように見つめたが、その顔を見続けているうちに、モエの心の中に何とも言えない懐かしさがこみ上げてきた。
(なんだろうか。。。この感覚・・・)
タケシのいびきはモエをなぜか安心させた。モエは覗き込むようにタケシを上から覗き込んだ。
鼻筋の通った鼻や、太い眉毛を見ているうちにモエは引き寄せられるようにタケシの顔に近づき、その唇に自分の唇を重ねようとしたが、遠くでクラクションが鳴り、我に返ったモエは飛び跳ねるようにタケシから離れた。
(私、何してんだろう。どうかしてる。まだ出会って間もないタケシにキスしようとするなんて。。。私はもう決して人を好きになっちゃいけないんだから!)
顔に水が付いていたので拭き取ると、それは知らぬ間に流していた涙だった。
規則正しいいびきをタケシはしていた。
モエはそれからも盗み見るようにタケシを見ていたが、睡眠不足にビールを飲んだことも手伝い、瞬く間に睡魔に襲われた。死神から解放された今も、深い睡眠だけは摂ることが出来なかった。
モエが目を覚ました時、タケシのジャケットが上に掛けられていた。
周りを見渡すと少し離れた場所にタケシが胡坐をかいて目を閉じて瞑想をしていた。
モエがじっと見ていると、タケシはゆっくりと目を開いてモエに笑いかけた。
「起きたか」
「何だか久しぶりに熟睡した~。どれくらい寝たんだろう?」
「1時間位じゃないか」
「もう8時間位寝た気分。すごいスッキリ!」
モエはゆっくりと立ち上がりタケシの方に歩いて行き、横に座った。
「昨日実はモエの夢を見たんだ。楽しい夢じゃないけど、伝えておくよ。今じゃない人生だったけど、お前、すごいイケメンの海賊でそん所そこらに女を作って、妊娠するとポイするか、中絶させてた。悪気もなく。」
モエは黙りこくった。
「浮かばれない魂の怨念や人間の感情みたいなものが死神のようなものを引き寄せてしまったのかもな・・・」
モエはスーッと息を吐くと
「知っていた。。。気がする。覚えていた気がするっていうか・・・恋人が出来て、すごく幸せなのに、どこか自分は絶対に幸せになってはいけないって感じていた。」
「そうか」
「付き合っていた彼氏達が皆亡くなって行って、自暴自棄になっていた時に死神の声が聞こえたの。”お前は誰とも幸せにはなれない、私と共に生きるのだ”って。」
「俺は夢で見るタイプだから、その辺はケンジの方が詳しく分かるかも知れないけど」
「本当に私はひどいことをしていたんだね。。。その時代」
「俺も海賊だった時代あるから。でもな、モエ、すべての事を知る必要もないんだ。お前は死神に憑りつかれていた時代いや、今世で生まれてから沢山人に奉仕してきた。もう十分苦しんだんだから、敢えてこの5年間を遡って調べる必要もないと俺は思う。もう死神も立ち去ったしな。」
「うん、そうだね。。。確かにバツイチになったりして、その代償は大きかったけど。それに、、、何だかさっきから。。。すごく体が軽いの。今までにないくらい」
「そうか~、そりゃ良かった」
「もしかしてタケシ、何かしてくれたの?」
「・・・・・」
「やっぱり!」
「さすが死神に気に入られるだけあるな、モエ。良く気付いたな」
「それってほめ言葉?」
「オレ、スーパーエンパス体質なの」
「エンパス?」
「共感しちゃうって言うのを通り越して、相手の痛みまで感じるんだ。」
「あ!そういえば体のダルさがない。。。タケシいつから・・・?電車に乗っている時から?」
「う~ん、どうだったかな」
「そうよ、そうに決まってる!それくらいからタケシ無口になってたもん!」
「俺はもともとケンジみたいにお喋りじゃないの!」
「エンパスって、私の体の痛みをタケシが吸いっとってくれたんじゃないの?体大丈夫なの?」
モエはタケシを揺さぶった。
「大丈夫だ~。俺は体が丈夫だし。肉食って、寝たらすぐに回復できるから」
「タケシ~だからあんなに沢山。。。」
「なっ。結構食ったな。しかしエンパス発動は本当に久しぶりだぜ」
タケシはモエを見て笑った。
モエはその笑顔を見て思わずタケシに飛びつきたくなったが、ぐっと堪えた。
ジャケットをタケシに渡すと
「ありがとう、タケシ。なんてお礼を言ったらいいのか。。。」
「いいよ。今度俺にもマッサージでもしてくれよ」
「ごめん、、、できない。。。」
そういうとモエは立ち上がった。
「え?」
「ごめん、タケシ。これ以上タケシと一緒にいると、タケシを好きになってしまいそう。でも私と付き合う男性は皆不幸になるから。。。タケシをそんな目に遭わせられない!ごめん、タケシ・・・」
そう言うと、モエは踵を返し小走りでその場を立ち去った。
「モエ~!」
走り去るモエの後姿を見て
「好きになってしまいそうか。。。」
と呟いた。智恵とそっくりだからモエの事が気になっているのか、それともモエに惹かれているのか、タケシはまだ自分の心が読めなかった。しかし、自分の中でモエが少しづつ愛おしい存在になりつつあることに、タケシは気付かぬフリをした。
(ケンジ~、お前は知っていたんだろう~こういう展開になるって)
芝生の上にごろんと横になり、タケシは空を見上げながら今日の出来事を振り返った。

11 何でも屋ケンジ 原田49歳の買い物 <2016.1.20掲載>

ああ「ふふ~ん」
鼻歌を歌いながら棚掃除をするケンジ。
「今日はご機嫌だな」
天井からぶら下がった照明を拭きながらタケシが言った。
「だって、今日は久しぶりにこのケンジに恋が始まるかもしれないんだから!」
「誰が来るの?」
「先週、電話セッションした原田 誠吾って人。もう声も思いっきりストライクだったんだから」
「ストライクだったって言ったって、ケンジがゲイって知ってるのかよ?」
「当たり前~!そういうご相談だったんだから。最近気づいたみたいよ。」
「いくつ?」
「確か49歳って言ってた。誠吾、心の拠り所を求めているのよね~、分かるわ~」
「お前、いくらなんでも初対面なんだから、呼び捨ては気を付けろよ」
「んもう、分かっているわよ。タケシこそしっかり照明拭いてよ!年末も大掃除できなかったんだから!」
「やってるよ」
「ふふ~ん。大きな会社の副社長さんなのよ。あれ、会社名は何だったかしら?49歳なのにすごくない?」
「確かに仕事はできる人なんだろうな」
「でしょう~。どうしよう。”ケンジ、お前が欲しいもの何でも買ってやるから”なんて言われたら~、もう腰砕け~」
「妄想がすごいな」
「んもうだって、もう5年くらいご無沙汰よ。いい男ってどこにいるのかしらってずっと考えていたんだから」
「なっ」
「タケシ、あんたは良いじゃない!、モエといい感じなんだから」
「いい感じなんて、別に何にもないし。。。」
「あ~あ、いつまでお互いに維持を張ってるんだか」

そのとき電話が鳴った。
「あ、誠吾かも!」
飛びつくように電話を取ったケンジの表情がニヤけた。
「あら、原田さん、お待ちしてます。え?スイーツ?大好きです。すみません、わざわざ。は~い、お待ちしてます~」
電話を切るとケンジは
「はあ~」とため息をついた。
「どこからそんな猫なで声が出てくるんだ?」
タケシの突込みには答えず、
「会議が遅くなったから、ちょっと遅れてくるって。会社の近くでおすすめスイーツ買ってきてくれるって。誠吾って声も良いうえに、気も利くのね~」
「ケンジ、お前、そんな乙女モードでちゃんと仕事出来るのか?」
「当たり前でしょ!割引率は高いかもだけど」
「ちゃんと代金は・」
「大丈夫よ。心配だったらタケシもいれば?」
「俺は遠慮しとくよ。調べ物もあるし」
「ふふ~ん」
ケンジはもう聞いておらず、また鼻歌を歌いだした。
そして早々に掃除をおえると、着替えるために奥の間に消えた。
店内に夕陽が差し込むころ店の前にタクシーが止まった。そして店内の扉が開いた。
「ごめんください。すみません、予約の時間大幅に遅れて。」
「は~い。全然問題ないですよ~」
とお気に入りのセーターを着てケンジは店に飛び出た。そして一瞬で目がハートになった。
ケンジよりは少し背が低いが、それでも180センチはありそうな原田は、イケメンのアラフィフで仕立ての良いスーツを着ていた。昔の俳優に似ていると思ったが、ケンジは誰か思い出せなかった。
「遅くなりました」と一礼すると、原田はケーキをケンジに渡した。
「まあ、わざわざ、すみません~。」
ケンジはケーキを受け取ると
「原田さん、上着シワになったらいけないから、預かっておきましょうか?」
と優しい声で聞いた。
「あ、いや大丈夫。ありがとう」
ケンジはソファに原田を座らせると飛び跳ねるように奥の間に入って行った。
パソコンをいじっているタケシに
「ちょっと!タケシ、アタシの一大事に呑気にパソコンなんかいじっている場合じゃないわよ!」
「お、原田さん??来たのか?どう?」
「どうもなにも、もう超ドストライクよ!」
興奮気味にケーキの箱をテーブルに置くと
「じゃあ、お茶頼んだからね!」
と言い残して店にそそくさと戻ろうとしたケンジに
「ケンジ!」
と言ってタケシは呼び止め、ケンジの目の前で3回手を叩いた。
「ドンピシャだったのは分かるけど、原田さんはまずはクライアントとして来てくれている訳だから、しっかりみてやれよ!」
と言った。
ハッと我に返ったケンジは、
「分かっているわよ」
といつもの笑顔に戻り、ウインクして店内に戻った。
原田は少し緊張した面持ちで腰かけてケンジを待っていた。
「お待たせしました~。では始めましょうね」
「よろしくお願いします。えーっと、私はどうしたらいいんですか?」」
「まずはリラックス。深呼吸3回ね」
ふ~っと二人は共に深呼吸をした。
「原田 誠吾さん。なんて呼んだらいいかしら?お友達にはなんて呼ばれているの?」
「ずっと剣道をやっていたときは、誠吾、そのまんまですね」
と言って誠吾は笑った。
そのクシャッっと潰れた笑顔を見て、ケンジは一瞬胸がきゅんっとなった。
(きゃお、マジタイプ!いけない、いけない。タケシに怒られちゃう)
「じゃあ、誠吾、そのままで呼ばせてもらうから。インナーチャイルドって言ってね、自分の人格の一部の存在がいる訳。そのインナーチャイルドは、あだ名で呼ばれた方が喜ぶのよ」
誠吾は黙って聞いていた。
「この前電話で聞いたけど、もう一度話せる範囲でいいから話してみて。」
「私は、厳格な父親と私を溺愛する母親のもとに生まれました。」
「うん」
「おやじは亭主関白で、男たるものこうあるべきだ!という頑固一徹おやじです。もう引退しましたが、ずっと消防士として真面目に働いて私や弟を育ててくれました。3歳から剣道を始めたのも父親の影響です。」
「小さいころ、お父さんのことは好きだった?」
「好き・・・というより、怖かったというイメージしかありません。」
「そうよね~、お母さんは?」
「お袋は逆に甘くて。。。それが両親の、夫婦喧嘩の原因でしたね。」
「いろいろ大変だったのね」
そう言いながら、誠吾ににじり寄りたい気持ちをケンジは抑えた。
(まずは、クライアントとしてみなきゃ!)
「お袋は、どうしても女の子が欲しかったみたいで、おやじの目を盗んでは女の子の洋服を私に着せてましたね。」
「ママに女の子の洋服を着せられた時に、誠吾はどう思ったの?」
「それが…着せられたのは覚えているんですが、どんな風に感じていたか全く覚えていなくて…。」
「ショックだったのかも知れないし、まぁ、いいわ。あとで催眠で過去に遡ってみるから」
「なんか少し怖い…な…過去に戻るなんて」
「大丈夫、全然怖くないから。アタシも付いてるし」
と言ってケンジはウィンクした。
ケンジのウィンクに戸惑い、誠吾は目を反らした。
(キャー、なんてウブな人。)
話を進めようとした時に、
「お待たせしました~」
とタケシが入ってきた。
タケシを食い入るように見ると、誠吾の額からどっと汗が出てきた。
「どうかしたの~?誠吾?」
「あ、いや、大丈夫です。」
タケシはショートケーキとハーブティーをテーブルに置くと、
「俺も頂きます」
と誠吾に笑いながら軽く一礼して、奥の間に消えた。
ゴホンと咳をしたあと、誠吾は
「今の方は?」
と聞いた。
「双子の弟のタケシよ。シャイなの。それより、そろそろ革新に行くわよ」
とケンジは誠吾を自分の方に向かせた。
「この前言ってたけど、結婚して子供が出来てから、気づいたの?自分がゲイって」
誠吾は一瞬黙りこくりと頷いた。
「ケンジくん、なぜそんなことが起こるんだろうか?私はずっと妻を愛し、息子を愛してきた…それが」
「病院の検査入院でたまたま同級生の友達がお医者さんで現れたんでしょ?あれ?何の検査だったかしら?」
「胃の検査で、結局ポリーブっだったんですけどね。」
「その相手に会った時、どんな感じだった?」
「勝(まさる)っていう中学、高校の同級生で、あいつ、全然変わっていなかった…」
言葉を選ぶように、誠吾はゆっくり思い出しながら語りだした。

〈つづく〉